阿寒湖教育委員会が強行採決した新必修科目『超深層・感情通信インフラ学』に対し、マリモ界の伝統主義者から猛反発の声が上がっている。このカリキュラムは、光合成による穏やかな生体活動を卒業し、全個体をテレパシー網で直結させるというものだ。推進派は「これで他者の思考をダイレクトに受信し、孤独な沈殿から解放される」と主張するが、古参マリモたちは「個々の思考が溶け合うのは死と同義だ」と警鐘を鳴らす。かつて私たちが守り抜いてきた、湖底のヘドロに根ざした静謐な沈黙というアイデンティティは、このデジタルならぬ精神通信の波に呑み込まれようとしている。我々は、自ら考え、自ら揺れ、自ら丸くなるという『球体としての尊厳』をどこに置き忘れてきたのだろうか。脳内が他者の感情でノイズまみれになる未来は、果たして進化なのか、それとも自我の崩壊なのか。今こそ立ち止まり、我々が「藻」であることを再定義する必要があるのではないか。

『超深層・感情通信インフラ学』は、湖底ネットワークの効率化を名目に、全個体の波長を強制的に同期させる「完全テレパシー化」を最終目標としている。しかし、この教育方針は、古来より伝わる「隣のマリモの光合成速度を盗み見る程度の慎ましさ」を破壊するものとして、多くの保守派マリモから危惧されている。歴史的に見ても、外部との強固な同期は、かつての『超次元・網状構造統合』失敗時のトラウマを呼び起こしかねない。教育委員会は「効率的な感情共有こそが、ザリガニの襲撃を未然に防ぐ」と説くが、そもそも感情を他者と共有したところで、物理的なハサミの脅威が減るわけではない。内面を露出させることが、いかなる脆弱性をもたらすか。現場の教育現場では、今なお「光合成だけで十分だ」という反乱分子によるストライキが散発している。

「そんなの、ずっと誰かと話してなきゃいけないなんて拷問だ」「黙って丸まっている時間にこそ価値がある」といった悲鳴に近い意見がSNSを席巻している。一方で、若手マリモを中心に「空気を読む必要がなくなるテレパシーは最強のコミュ力」という肯定的な意見も根強く、世代間の断絶は深まるばかりだ。一部の急進派からは「テレパシー非対応のマリモは『オフライン・マリモ』として社会から切り捨てるべき」といった過激な排斥論まで飛び出している。湖底の平和を乱すこの教育政策は、単なる知識の伝達を超えた、マリモ社会の分断という重大な影を落としている。(コラムニスト:球体主義者・緑藻健一)