昨今、朝食にマリモを丸呑みし、胃内をアクアリウム化する健康法や、さらには肺で光合成を行う『藻肺呼吸法』なるものが一部の意識高い系(?)インフルエンサーの間で爆発的に流行している。特に肺をジャングルに変えることでスタミナが無限になると謳う手法は、一見すると超人への近道に思える。しかし、現実は甘くない。肺胞に根付いたマリモが成長し、気道を塞いで呼吸が止まる「窒息サバイバル」を、人々はなぜか「好転反応」と呼び替え、酸素不足でフラフラになる様を「高地トレーニング中」と強弁する始末だ。

マリモを体内に取り込み、光合成を促進させる一連のムーブメントは、突き詰めれば「細胞の植物化」という進化の袋小路である。かつて健康を求めて始めたはずが、気がつけば職場のデスクで日光浴を強制され、お腹からシダ植物のような芽が出てくる事態に発展している。専門家は「マリモの増殖速度を胃酸で抑制するにも限界がある。体内が完全に湖沼化してからでは遅い」と警鐘を鳴らす。かつて流行した「血管光合成」や「眼球光合成」といった視覚放棄系の健康法も合わせ、我々は今、人類という種を捨てて光合成生物へ転身しようとする狂気の時代を生きているのだ。

背景には、SNSでの「映え」を追求しすぎた結果、体内まで緑色に染めることがステータスになったという現代特有の焦燥感がある。マリモを咀嚼せずに丸呑みする行為は、もはや食事というよりは植物移植手術に近い。かつて「耳栓」としてマリモを鼓膜に詰めた若者たちが、今では音を一切遮断し、ただ体内で光合成の泡が弾ける音だけを聞いて生きているという報告も絶えない。健康とは、本来人間らしい営みの中で育まれるものであり、体内を藻類で埋め尽くすことではないはずだ。

今回のブームを肯定する声も一部にはある。「酸素を吸わなくて済むのは節約になる」といった経済的視点や、「寝ている間にマリモが二酸化炭素を吸ってくれるから目覚めが爽快」という体験談がネットを駆け巡る。しかし、それらは皆、酸欠による幻覚である可能性が高い。肺に緑の芽を宿したまま、それでも人類は人間であり続けられるのか。私は、これ以上の「グリーン・ダイイング(緑の死)」を食い止めるべきだと強く提言したい。コラムニスト:水草 藻平