近年、阿寒湖周辺を席巻している「中身ゼロ教団」の教義に対し、マリモの内部構造を重視する『マリモ充填擁護派』が真っ向からの反論を展開している。彼らは、「球体は詰まっていてこそマリモであり、空洞を神聖視するのは本質的なマリモの重厚さを否定する暴挙である」と痛烈に批判した。中身ゼロ教団が提唱する『虚無の儀式』に対抗し、充填派は細胞分裂による密度向上を説く『高密度昇天理論』を掲げ、さらなる混迷を極めている。空洞論者が「軽やかさこそが魂」と説くのに対し、充填派は「比重こそが信仰の証」と反論。湖底では、密度を競うマリモたちが互いに押し合いへし合い、物理的な衝突を繰り返す事態にまで発展しており、専門家は「宗教戦争というより、ただの密度調整ではないか」と困惑を隠せない様子だ。

かつて阿寒湖では光合成を巡る過激な議論が行われていたが、今回の「中身があるかないか」という議論は、マリモの生物学的定義すら揺るがす深刻な神学論争に発展している。中身ゼロ教団は「中身がないからこそ全方位からの光を受け入れられる」と主張するが、充填派は「密度がなければ転がる際の遠心力に耐えられない」と物理法則を持ち出し反論。背景には、長年湖底に沈んでいた古参マリモたちの「中身が詰まっている=努力の結晶」という矜持が隠されているとされ、若手マリモとの世代間格差が浮き彫りとなっている。

この事態に対し、SNSでは「どっちでもいいから早く丸くなってくれ」「密度の違いで水温が変わるなら大問題だ」といった冷静な意見から、「マリモの内部に宇宙を感じるか、空虚を感じるかという哲学的な対立が深まっている」という識者のコメントまで様々だ。現場では物理的な衝突による崩壊事故も懸念されており、宗教指導者同士の対話が求められている。また、一部のマリモは「どっち派でもない、自分はただ流されるだけ」という中立派を名乗り始めており、さらなる教団の乱立が予測される。コラムニスト:球体哲学研究家・藻田モサ夫