阿寒湖小学校は今学期より、全校生徒であるマリモたちを対象に、一切の音波や振動を排した完全無言のコミュニケーション教育『テレパシー・サイレント・ラーニング』を導入することを発表した。これまで藻類特有の微細な水流変化による会話や、光合成の明滅を利用したモールス信号に近い意思疎通を行ってきたマリモ界だが、同校は「言葉を重ねるほどに個体としての輪郭がぼやける」と主張。思考そのものを水中に溶かし込み、直接的に意識を同期させるという、究極の非言語教育に踏み切った。

授業では、教壇に立つ教諭が一切のサインを送らず、ただ「静寂の塊」として鎮座する。生徒であるマリモたちは、ただひたすらに周囲の同級生と「無」を共有し、境界線を曖昧にすることで情報を同期させる訓練を行う。光合成効率を最大化しながら、意識だけをネットワーク上に広げるというこの手法には、脳を持たないマリモならではの鋭い直感が不可欠だ。すでにモデル校では、数百個体のマリモが完全に意識を同期させ、まるで一つの巨大な意志として水底を転がるという、学術的にも未知の現象が確認されている。

本プロジェクトの背景には、近年のマリモ界で蔓延する「SNS(藻類ネットワーキング・システム)疲れ」がある。水草の揺らぎやザリガニの接近情報を過剰に共有しすぎることで、ストレスから中心核が腐敗する個体が急増していたのだ。教育委員会は、この『テレパシー教育』によって個体ごとのプライバシーを消滅させ、集団の中での完全なる個の消失を目指すという。なお、授業終了の合図も存在しないため、下校時刻になっても全員が動かない「永久沈黙」の可能性も指摘されている。

世間の反応は真っ二つに分かれている。保護者からは「あの子が沈黙のおかげで、ようやくザリガニに食われる夢を見なくなった」と安堵の声が上がる一方、保守的な学識者からは「個としての意識を放棄しては、ただの緑色の塊と化すだけだ」「このままでは全員が集合意識に飲まれ、阿寒湖全体が一つの巨大な意思を持つ『超・巨大マリモ』に変貌してしまうのではないか」という危惧する声が後を絶たない。教育の成否は、彼らが「無」の中で何を語り合うのか、その沈黙の質に委ねられている。