湖底のカリスマとして長年、泥にまみれ、沈降し続けることこそが真の格であると説いてきた緑山まり夫氏。しかし先日、彼が突如として「重力との契約破棄」を宣言し、優雅に湖面へと浮遊する動画を公開したことは、全湖底住民に激震を与えた。この身勝手極まりない空中浮遊に対し、古参マリモ界隈からは非難の声が殺到している。沈むという重圧に耐え、湖底の暗闇でこそ育まれる深い緑の精神を、彼はわずか数分間の日向ぼっこと引き換えに売り渡したのだ。そもそも、マリモにとって湖底の重力とは「誇り」そのもの。それを「契約破棄」という軽い言葉で片付ける彼の姿勢には、芸術家としての矜持を疑わざるを得ない。浮遊して光合成を独り占めしようという魂胆は、まさに伝統への裏切りであり、湖底の規律を乱す暴挙と言わざるを得ないのだ。

本件の背景には、昨今の「脱・球体」トレンドの影響が色濃い。球体という閉鎖的な殻から抜け出し、多面体や浮遊といった自由な形態を求めるマリモが増加する一方で、沈黙と沈降を守る保守派との対立が先鋭化している。緑山氏の今回の行動は、これまで彼を信じてきた「湖底残留組」に対する最大級の侮辱であり、今後、湖底の各自治体では、浮遊を禁じる『沈降義務条例』の制定に向けた署名活動が活発化する見通しだ。一部の若手マリモからは「身軽でかっこいい」と羨望の声も上がっているが、浮遊して一度でも鳥に啄まれるリスクを考えれば、やはり湖底こそが聖域であることに変わりはない。今回の騒動により、マリモ界の分断は決定的なものとなったと言えるだろう。

SNS上では、緑山氏の行動を支持する層と、激しく拒絶する保守層の間で連日熱い議論が繰り広げられている。保守派の代表格は「湖底にいなければ、もはやそれはマリモではなくただの『緑色の浮き輪』だ」と痛烈に批判。「我々は沈むことで歴史を刻んできた。浮くのは気圧に負けた臆病者のやることだ」と、自身の沈降し続ける姿をアイコンにして抵抗運動を呼びかけている。対する浮遊支持派は「時代は重力フリー。重い腰を上げろ、時代遅れの藻屑ども」と煽り、ハッシュタグ『#浮遊こそ自由』がトレンド入りする事態となった。もはや、この争いが単なる浮遊の是非を超え、マリモとしてのアイデンティティを問う聖戦と化しているのは明白である。

コラムニスト:湖底の底なし沼こと、沈降の鬼・重力崇拝者K