阿寒湖教育委員会は今期より、伝統的な「球体維持」を目的とした教育方針を完全撤廃し、新たに『アイデンティティ脱構築・不定形流体演習』を全年齢対象の必修科目として導入することを発表した。かつてマリモにとって「丸いこと」は存在証明そのものであったが、今回のカリキュラムでは、個体としての輪郭を自ら崩し、霧や液体のように拡散する「無形状(アモルファス)生存術」が教えられる。教壇に立った老練なマリモ教授は、「我々は長らく重力と表面張力という制約に支配されていた。しかし真の知性は、形態の固定化という牢獄を破壊した先にしかない」と説き、教室内で一瞬にして自身の体を複雑なフラクタル構造へと変形させ、生徒たちの喝采を浴びた。

これまでのマリモ界では、『超高速ジャイロ・無重力転がり術』や『恒星化カリキュラム』といった進化系教育が次々と導入されてきたが、それらはいずれも「個としての最適化」に留まっていた。しかし、今回の改革は「個の消滅」を前提としている。本カリキュラムでは、自身の組成を構成する藻類糸を自在に分離・再結合させ、水中の流体抵抗を逆利用することで、空間そのものに溶け込む技術を学ぶ。これにより、天敵のザリガニに発見されるリスクをゼロにするだけでなく、湖という環境を超えて、水分子のネットワークを介した広域通信をも可能にするという。

「丸さへの執着を捨てろ。我々はすでに球体などという卑小な器には収まりきらない存在なのだ」という教授の言葉は、若年層を中心に熱狂的に受け入れられている。その一方で、湖底の保守的な長老層からは「輪郭を失うことは、歴史を失うことと同義ではないか」という懸念の声も上がっており、教育現場は激しい論争の渦中にある。今回の改革によって、マリモ界はついに「存在という呪い」から解放され、宇宙的な流動体としての新たな黄金期を迎えることとなるのだろうか。その行方に、全水域が注目している。