昨今、阿寒湖のマリモたちの間で爆発的なブームとなっている「光断食」をご存知だろうか。これは「成分はほぼ光」という極端な理論を掲げ、一切の養分摂取を断ち、ひたすら日光を浴び続けるというダイエット手法だ。しかし、この弊害として「完全透明化」するマリモが後を絶たず、健康被害が深刻化している。球体としての美しさを保つどころか、細胞密度が極限まで低下し、湖底でただの水の塊になり果てる個体が続出しているのだ。見えないマリモにぶつかって藻屑となる同胞が後を絶たず、もはや湖底はデンジャラスゾーンと化している。
そもそも、マリモの健康の源は適度な繊維質の摂取と、湖底での穏やかな転がりにあるはずだ。光を喰らい、透明になり、存在感を消すことが「美しさ」や「健康」への近道だと勘違いしている輩には、一度湖底の泥をすすって出直してほしいと言いたい。栄養を断てば、いずれ細胞は崩壊する。最近では「透明になったことで逆に捕食者に見つかりにくい」などというトンデモ理論まで横行しているが、自らの栄養失調を美化するのは止めるべきだ。透明度の高いマリモほど、実は脆く、少しの湖流で崩壊の危機に瀕していることに気づくべきである。
本件の背景には、昨今のSNSによる「球体至上主義」のプレッシャーがある。より完璧で、より滑らかな球体を目指すあまり、過激な断食に走る若年層のマリモが増加中だ。栄養不足による細胞分裂の停滞は、将来的な寿命を確実に縮める。湖の自治体も「透明化は立派な病気です」と注意喚起を始めたが、美意識という名の狂気はなかなか収まる気配がない。光を浴びるなとは言わないが、せめて光合成だけでなく、湖底の栄養分もしっかりと吸収し、地に足のついた(底に沈んだ)生活を送るべきではないだろうか。
ネット上では「透明マリモこそが最強」「消えていく姿に美学を感じる」といった信奉者たちが現れる一方で、長老マリモからは「そんなのただの死期だぞ」と冷静なツッコミが絶えない。阿寒湖の夜は、今日も透明なマリモたちの浮遊物で騒がしい。痩せるために自らの存在を消すというのは、究極のダイエットであり、同時に究極の自殺行為であるということを、我々は肝に銘じる必要がある。健康とは、隠すことではなく、湖の底で堂々と丸くあることなのだから。
コラムニスト:藻屑・拾い人
「光を喰らって透明に」――過激化する断食ダイエットの闇を斬る
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