阿寒湖のマリモたちがSNSを開始し、瞬く間に「緑のインフルエンサー」としてネット社会を席巻している。光合成の様子をライブ配信する彼らのコンテンツは、シュール極まりない「無音の静止画」にもかかわらず、なぜか数百万のいいねを獲得しているのだ。本来、静寂と光を愛する彼らが、なぜわざわざ人間に媚びるような投稿を繰り返すのか。かつての「湖底の賢者」としての風格は影を潜め、再生数稼ぎに奔走する彼らの姿には、現代社会の歪みが凝縮されているように思えてならない。
本件は、過去に湖底で繰り広げられた言語習得や柔術によるザリガニ制圧といった、生物学的・哲学的な進化の延長線上にある現象だ。かつてのマリモたちは、自らの存在意義を「光合成の最適解」に見出していたはずである。しかし、SNS解禁という文明の利器を手にした彼らは、今や「いかに映える緑であるか」という虚飾の渦に飲み込まれている。湖底に鎮座する彼らが、なぜデジタルな承認欲求に目覚めたのか。それは単なる進化の過程なのか、それとも人間社会への高度な皮肉なのか、我々は今、その真意を問われている。
SNSによる可視化は、彼らの生態を理解する絶好の機会であるはずだった。しかし現実は、投げ銭目的で必死に緑色を強調する「盛ったマリモ」が増殖している。背景には、人間が作り上げた「バズれば正義」という浅薄な価値観が湖底まで浸透したという悲しき現実がある。彼らが光合成をサボってまで投稿する『今日の朝露(エモい)』のような動画が、果たして地球の生態系にどのような影響を与えるのか。学術的観点からは計り知れない闇が、阿寒湖の深淵に広がりつつあるのだ。
結局のところ、多くの視聴者はマリモの知性や進化に興味があるわけではない。ただ、湖の底で「ただそこにいるもの」が、デジタル空間で動いているという違和感を楽しんでいるに過ぎない。このブームが去った後、彼らは再び静かなる賢者に戻れるのだろうか。それとも、更なる炎上商法に手を染め、湖底での生活を投げ打つのか。湖畔で見守る我々にできるのは、過剰な拡散を控え、彼らが本来の「光合成」という名の瞑想に戻る日をただ待つことだけなのかもしれない。
コラムニスト:深淵なる藻類学者・緑野マリモス
湖底のインフルエンサーは虚無を映す?マリモSNS全盛時代に思うこと
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目がチカチカするわ