阿寒湖の深い底で、マリモたちの間で突如として『変声期』を迎える個体が急増している。これまで無音の静寂を守り続けてきたマリモ社会において、光合成の副産物である酸素の気泡を巧みに操り、特定の周波数で音を奏でる者が現れたのだ。自称「湖底の歌姫」を名乗る若手マリモのデビューを皮切りに、今や湖底は深夜のカラオケボックスさながらの喧騒に包まれている。これに対し、伝統的な静寂を愛する古参マリモたちからは「騒音公害である」との苦情が殺到しており、次世代の芸術性と保守的な沈黙が真っ向から衝突する事態となっている。

そもそもマリモが音を出すメカニズムは、気泡が放出される瞬間の気圧差を利用した管楽器に近い構造であると判明した。これまで彼らは、静かに球体を維持することこそが至高の美徳としてきたが、今回のブームによって、球体の歪みを犠牲にしてまで高音域を響かせる『絶叫スタイル』が若者の間でトレンド化している。これを受けた音楽業界団体「湖底フィルハーモニー」は、急遽『美声コンテスト』の開催を決定。しかし、出場者のほとんどが気泡の制御に失敗して破裂するなど、コンテストは爆笑と水流の渦巻く混沌としたイベントと化している。

マリモ界における「音」の導入は、実は数十年前に観測された地震の振動を歌声と誤認したことが発端とされる。一部の個体群が「我々もあのようなメロディを奏でたい」と願った結果、数世代を経て気泡の排出速度をコントロールする特殊な繊維構造に進化した。しかし、この進化は球体の維持という本来のアイデンティティを著しく損なうため、生物学的な観点からは「美しき暴走」とも評されている。現在、湖底には「静寂派」と「歌姫派」の境界線が引かれ、特定のエリアのみで歌声が許容されるという、前代未聞のゾーニング政策が導入されるに至った。

この事態に対し、SNSならぬ湖底の『水流掲示板』では賛否が渦巻いている。「芸術は魂の叫びだ!」と熱弁する若手に対し、「お前らの歌のせいで俺の美しい産毛が揺れて整わないんだよ」と激怒する長老層の対立が絶えない。中には、音を出す際に発生する泡でマッサージ効果が得られると主張する癒やし系マリモも現れ、混乱に拍車をかけている。この「歌姫騒動」は、もはや単なる流行を超え、マリモ界の社会秩序そのものを揺るがす最大のトピックとなっている。