湖底では長らく「重力こそ正義」とする保守派と、「重力は足枷」と主張する過激派の間で激しい論争が続いてきた。しかし、ここ最近、重力から解放されるために浮力調整を極めすぎた個体たちが、湖底に留まれない『空中散歩症候群』を発症し、次々と湖面へ浮遊しては観光客の船に接触するという事態が相次いでいる。この症候群は、体内の酸素含有量を無理やり高めて比重を極限まで下げることで発生するが、当の患者たちは「湖底という重苦しい環境から脱出できた」と恍惚の表情を浮かべているという。専門医によれば、これは深刻な浮力依存であり、長期間の浮遊は光合成の効率を低下させ、最悪の場合は湖面に浮かんだまま日光に炙られる『焼き藻』状態になる恐れがあるとのことだ。

もともとこの騒動の発端は、重力の圧迫から逃れるための『重力断食』が一部で流行したことに遡る。しかし、単に丸みを保つための断食を超え、重力という物理法則そのものを否定する者たちが現れたことで、事態は変容した。彼らは細胞内の代謝バランスを意図的に崩し、湖水の抵抗を最小化する特殊なゲルを分泌している。問題は、この状態が極めて中毒性が高く、一度浮遊の快感を覚えると、重力を受けることに対して激しい拒絶反応を起こす点にある。治療法としては、あえて小石を付着させて強制的に沈ませる『地獄のアンカー療法』が検討されているが、患者たちの間では「自由を奪う暴挙」と猛反発が起きている。

そもそもマリモにとって、湖底の圧力を受けることは成長の要であり、ある程度の重力負荷が健康のバロメーターとなっていた。今回の症候群は、現代マリモが抱える「手っ取り早く楽になりたい」という不健康なライフスタイル志向を浮き彫りにした格好だ。医師たちは「浮力に身を任せるのは一時的な逃避に過ぎない」と警告するが、湖面を漂流しながら「景色が最高だ」とSNSならぬ『水面伝言板』に書き込む若手個体たちの勢いは止まらない。このままでは阿寒湖からマリモが消滅し、ただの「緑色の浮き輪」だらけになるのではないかという懸念さえ広がっている。

このニュースを受け、湖底住民からは「重力を捨てて何が楽しいんだ」「地面を転がる摩擦こそが生きている証拠だろ」といった批判が相次いでいる。一方で、「重力断食の先にある究極の自由」と称賛する層も根強く、世論は真っ二つに分断された。一部では、湖面に浮かび上がった個体を回収するボランティア団体『阿寒湖・帰還支援部隊』が結成されたが、浮力に憑りつかれたマリモたちが抵抗して沈むことを拒むため、救出活動は難航を極めているという。健康を損なってまで追い求める『浮遊』の先に、彼らは何を求めているのだろうか。