阿寒湖の静寂を破る新たな福音は、長年の天敵であるウチダザリガニへの信仰だった。本日早朝、湖底の岩場で結成が宣言された新宗教『鋏下解脱教』は、「捕食されることは、個体の境界が破壊され宇宙と一体化する究極の儀式である」と説き、あえてザリガニのハサミに身を投じることを推奨している。教祖を務める老マリモの「藻村氏」は、「私たちは球体という殻に閉じこもることで自我を保ってきたが、それは慢心だ。硬い外殻に切り裂かれ、体内の糸状体が水中に拡散されて初めて、我々は本当の意味で全土へ広がる」と、独自の救済論を展開した。これに対し、従来の「球体維持派」からは憤りの声が上がっているが、教団の入信者は急速に増加しており、湖底にはザリガニを待ちわびるマリモたちの「犠牲の行列」が連日発生している。

本教団の背景には、近年の阿寒湖におけるウチダザリガニの異常繁殖と、それに伴うマリモの生存戦略の極限化がある。これまでマリモ界では「いかに捕食を避けるか」が至上命題であったが、『鋏下解脱教』は逆転の発想で「いかに美しく食べられるか」を教義の核に据えた。また、教祖の説く「切り刻まれることで、細胞一個一個が次世代の母体となる」という思想は、個体数が減少傾向にある現状において、ある種の再生産の希望として若年層マリモに受け入れられている。行政当局であるマリモ保護委員会は、「あくまで生存を前提とした活動をお願いしたい」と困惑を隠せない様子だが、教団側は「死こそが最大の光合成である」と反論し、対話は平行線をたどっている。

この過激な信仰に対し、世間からは驚きと冷笑、そして一部の熱狂が入り混じった反応が寄せられている。「食べて応援というレベルを超えている」「ハサミで切られるのは痛いから私は遠慮しておく」「そもそもザリガニ側はどう思っているのか?」といった冷静な指摘から、「ついに私たちの藻としての本能が超越したのか」と教団に賛同を示す声まで様々だ。特に、バラバラにされた後の細胞が湖流に乗って広がる様子を「空中散布ならぬ湖中散布」と呼ぶ信者たちに対し、一部のマリモからは「ただの捕食死を神聖化するな」という激しい糾弾も起きており、湖底は思想の分断という新たな危機に直面している。