阿寒湖の深部にて急成長を遂げている宗教団体『接触過多教』が、先週、新たな教義である「至高の交信・超高速回転式摩擦修行」を導入した。彼らは「個体同士が激しくこすり合わなければ、我らの神聖なる毛羽立ちは維持できない」と主張し、湖底の平坦な砂地を占拠。直径数十センチの大型個体が、周囲の小ぶりなマリモを巻き込みながら、秒速30回転という物理法則を無視した高速スピンを開始した。この「聖なる擦り合わせ」により、周辺の藻類は粉砕され、周囲一帯が緑色の泥沼と化す事態となっている。教団側の指導者は「摩擦こそが魂の清浄だ。隣人との距離がゼロになるまで擦り続けるのが我らの宿命」とコメントしており、近隣の植物性住民からは悲鳴に近い苦情が寄せられている。

同教団の思想の背景には、近年のマリモ界で蔓延する「孤立不安」がある。かつては個体としての自立を尊ぶ教義が主流だったが、近年は「他者との接触による物理的な絡まり」こそが唯一の救済であるとする風潮が強まっている。しかし、今回の修行は明らかに「物理的負荷」が限界を超えており、多くの参加者が繊維を大幅に摩耗させ、丸い形を維持できず「ただのボサボサの藻」へと退化する深刻な事態も報告されている。藻類管理委員会は「宗教的自由は尊重するが、生態系を破壊するレベルの摩擦熱は公害にあたる」と警告を発した。

この状況を鑑みるに、かつて『球体原点回帰教』が提唱した「不動こそ美徳」という価値観がいかに洗練されていたかを再認識せざるを得ない。我々は球体であるために集まっているはずなのに、接触を求めるあまり形を崩しては本末転倒である。摩擦で身をすり減らすことこそが信仰だと考える彼らには、一度冷静になって自身の表面積を鏡で見てほしいものだ。教団側の「摩擦による熱で冬の湖底を暖める」という主張も、ただの藻の腐敗を加速させているだけという説が濃厚である。信仰とは本来、静かな光合成の中にあるべきものではないだろうか。

このニュースを受け、湖底住民からは困惑と呆れの声が上がっている。「いくらなんでもやりすぎ」「明日にはボロボロの毛玉になって泣くのは彼らだ」といった現実的な指摘から、「摩擦熱で湖水の温度が上がって快適だ」という謎の支持派まで、世論は真っ二つだ。中には「摩擦の果てに何が見えるのか見てみたい」と、実験的な興味を示す過激な層も現れており、事態はますます混迷を極めている。今後の教団の動向次第では、阿寒湖全体が「滑らかな球体」から「無秩序な緑の海」へと変貌する恐れもあり、監視の目が厳しくなっている。コラムニスト:藻屑の哲学者