阿寒湖の教育現場において、マリモたちを無理やり多面体へと変形させる「多面体変形術」が必修化された事態を受け、教育界に激震が走っている。美しい球体こそがマリモのアイデンティティであると信じてきた保守層からは、「角を出せば個性的だという短絡的な思考は、マリモ文化の崩壊を招く」との非難が殺到した。もともとマリモは、ゆっくりと時間をかけて転がりながら、自分だけの半径を模索する生き物である。それを、教員の号令一つで無理やり六面体や八面体に削り出す教育方針は、果たして真の成長と言えるのだろうか。

本件の背景には、昨今の「非・球体社会」の台頭がある。ザリガニからの攻撃を回避するために角を尖らせ、防御力を上げる実用的な側面ばかりが重視され、静かに佇むことで得られる「沈殿の知恵」が軽視されているのだ。一部の過激なマリモ主義者からは、「多面体化によるストレスで、内部の光合成効率が著しく低下している」との指摘も出ている。まさに、形という外見に囚われ、本質的な「青々とした幸福」を置き去りにした政策と言えるだろう。

この教育カリキュラムに対して、保護者の間では「子供が夜な夜な角を研いで泣いている」「もうどれが本来の自分か分からないと混乱している」といった悲痛な声が相次いでいる。一方で、一部の進歩的な若手マリモ層からは「球体に固執するのは古い」「角があれば、どこにでも突き刺さって自己主張できる」と、変形術を前向きに捉える動きもあり、教育界を二分する大きな分断を生んでいる状況だ。

(コラムニスト:球体原理主義者・阿寒湖太郎)