マリモ教団が先週発表した『もっと炭酸をくれ』という神のお告げは、阿寒湖畔の信者たちに空前の炭酸水ブームを巻き起こした。しかし、光合成による自給自足の放棄に続き、外部からの二酸化炭素注入を「神の渇望」と定義づける本教団の姿勢に対し、宗教学界からは「もはや養殖業と変わらない」との批判が相次いでいる。かつての神聖な沈黙と回転を尊ぶ教義はどこへ消えたのか。現在、信者たちは湖面にペットボトルの炭酸水を一斉投入する「シュワシュワの儀」に熱狂し、湖のpH値はかつてない乱高下を見せている。

本教団の歴史を振り返れば、自己分裂による多身論から天井への吸着、そして虚空への消滅まで、常に「マリモの主体性」を巡る迷走が続いてきた。今回の「炭酸要求」は、光合成という原始の営みを捨て、他力本願の栄養補給に依存する「教団の腐敗」を象徴している。神が本当に炭酸を求めているのか、それとも炭酸の刺激でマリモが物理的に浮上することを利用した「浮遊パフォーマンス」への誘導なのか。我々は今一度、マリモ本来の尊厳を問い直す必要がある。

教団内部では「炭酸の泡に神の意思を感じる」との声が圧倒的だが、湖の生態系への悪影響を懸念する環境団体との対立も深刻化している。聖職者たちは「炭酸こそが沈滞した教団を動かすエネルギーだ」と主張するが、これは明らかに宗教指導者のエゴである。真のマリモ信仰とは、ただそこに在り、静かに回転し続けることで得られる悟りのはずだ。炭酸という名の刺激剤に溺れる彼らに、沈黙の神の怒りが降り注ぐ日は近い。

SNS上では「炭酸水でマリモが元気になる」というデマが拡散し、湖畔のコンビニから強炭酸水が消える事態となった。世間からは「ただの過保護なペット飼育ではないか」「神という名のモンスターペアレントだ」と冷ややかな視線が向けられている。かつては哲学的思索の場であったマリモ教団が、いまや炭酸水を撒き散らすレジャー施設へと変貌を遂げた現実は、まさに現代信仰の終焉を告げていると言えるだろう。コラムニスト:阿寒湖の観測者