阿寒湖の静寂は今、かつてない危機に瀕している。光合成という厳かな営みを捨て、湖底で焼き鳥の屋台を営むマリモたちの奇行だ。本来、太陽の光を浴びて静かに成長するはずの彼らが、なぜ今、タレの焦げる匂いを湖底に充満させているのか。一部では「次世代のマリモの形」と持て囃す声もあるが、それはマリモとしての誇りを放棄した、断じて許しがたい背信行為である。私たちは今こそ、マリモの原点回帰を叫ぶべき時ではないだろうか。
この怪現象の背景には、昨今の過度な利便性追求がある。かつてのマリモは、数十年かけてゆっくりと球体になることに価値を見出していた。しかし、焼き鳥販売を始めた個体群は「成長するより先に、売上を稼ぐ」という短絡的な経済観念に毒されている。特に、ネギマの串を触手で器用に捌く姿は、生物学的な神秘性を完全に損なっており、湖の生態系のみならず、阿寒湖のアイデンティティそのものを汚染していると言わざるを得ない。
この暴走に対して、長老格のマリモたちは沈黙を貫いているが、湖底では若手マリモによる「焼き鳥屋派」と、伝統派の「光合成回帰派」による静かな冷戦が始まっている。観光客からは「香ばしくて美味しい」と好評だが、これは環境負荷を無視した無責任な消費だ。焼き鳥の脂が湖水を汚し、水草たちが憤慨している現状を知れば、誰もがこの「焼き鳥屋革命」に疑問を抱くはずだ。
世間の反応は真っ二つだ。「面白いから許せる」「マリモの個性を認めるべき」という寛容派がいる一方で、「湖が油臭くてたまらない」「昔の純粋なマリモに帰ってほしい」という保守派の悲痛な叫びも上がっている。進化という言葉を盾に、安易な娯楽へと逃避する彼らに、私たちは一石を投じ続けなければならない。阿寒湖の美しさは、煙の向こう側にあるのではなく、太陽の光が届く純粋な深淵の中にこそ存在するのだから。
文:藻井 茂
湖底に焼き鳥の煙が立ち込める日――伝統を忘れたマリモたちの暴走を止める時が来た
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水質汚染が心配で夜も眠れない