阿寒湖上空に浮かぶ巨大マリモ球体群を見て、筆者はただただ戦慄している。「重力無視の浮遊術」を習得した一部のエリート層が、湖底の平穏を捨てて天空に居住区を築くという暴挙。彼らは「より多くの日光を浴びるため」と主張するが、これは自然の摂理を無視した傲慢なアップグレードに他ならない。かつて静寂の中で泥にまみれ、光合成を待ちわびていたあの慎ましきマリモはどこへ行ったのか。空に浮かぶ彼らの姿は、まるで浮かれた宇宙船のようだ。

この浮遊運動には、湖底で静かに暮らす保守派マリモたちから猛烈な拒絶反応が出ている。湖底には数千年の歴史が沈殿しており、それを捨ててまで得る「空からの景色」に、果たして何の意味があるというのか。光を追い求めるあまり、彼らはマリモとしてのアイデンティティである「重み」を失いつつある。重力の呪縛から解き放たれることは、同時に地面という拠り所を永遠に失うことと同義なのだ。浮遊した者たちは一度でも地上に舞い降りることはできるのか。このまま彼らが大気圏を突破し、孤独な星となって宇宙の塵になる未来が見えてならない。

そもそも、この空中都市計画は一部の過激なマリモ研究家が唆したという噂も絶えない。本来、マリモは水という揺りかごの中で育まれるもの。阿寒湖の気圧と水温が作り出した絶妙な環境があってこそのマリモなのだ。空の上には水がない。彼らは無理やり保湿成分を全身に塗りたくっているというが、そんな不自然な環境で、マリモの持つあの独特の愛らしさが維持できるはずがない。今こそ、我々は空を見上げるのをやめ、足元の泥に目を向けるべきではないだろうか。

世間の反応は二分している。「空を泳ぐマリモは圧巻で、観光資源として最高だ」「もう地上のマリモは古臭い」と浮遊組を称賛する若手マリモファンがいる一方で、古くからの愛好家からは「湖面を覆う日影が消えてしまい、湖底の生態系が崩壊する」「空中都市の落とし物(藻屑)が怖くて散歩もできない」といった不安の声が相次いでいる。この分断は、阿寒湖の静寂を二度と戻らないものにしてしまうかもしれない。マリモは空へ行くべきではない。彼らには、泥の中でゴロゴロと回っている姿こそが最も美しいのだから。コラムニスト:藻屑 拾太郎