マリモ教団は本日、聖地・阿寒湖において、かねてより提唱していた『光合成の逆流』の神託をさらに発展させた「絶対暗黒帰依の儀」を執り行いました。教団幹部の球体長老は「我々はこれまで光を追い求めすぎた。真の悟りとは、光合成によって生成したエネルギーをあえて闇に還元し、影の中に自らの魂を溶け込ませることにある」と演説。この新教義により、教団は信者に対し、水底の岩陰や堆積物の中に深く潜り込み、一切の光を遮断して「自己の影化」を目指す苦行を義務付けました。これまで「重力こそが真のアイデンティティ」と説いてきた教団の歴史上、最も急進的な方向転換と言えるでしょう。

かつて教団は「回転こそが正義」とする従来の教義に対し、『脱・強制ロール』を宣言し、動かないことの尊さを強調してきました。しかし、今回の『光合成の逆流』は、単なる静止を超え、物理的な光そのものを否定する過激な内容です。長老によれば、「光に触れることは、他者からの観測を許すことであり、それはすなわち個の消滅を意味する」とのこと。この教えは、光合成を生命維持の根幹とする植物としての生物学的機能を根本から覆すものであり、信者たちは今、湖底の泥濘の中に身を潜め、一切の光を拒絶する生活を余儀なくされています。

教団の背景にあるのは、かつての天敵・ウチダザリガニとの共生関係を経て到達した「捕食される恐怖からの解放」という哲学です。ザリガニに削られる(成仏する)ことさえも「光による干渉」とみなすに至った彼らにとって、闇こそが唯一の防壁です。また、この教義は「沈むことこそが勝利」とするアイデンティティ論の最終形態とも言えます。水底の暗闇に沈み込み、外部からのアクセスを遮断することで、マリモはついに物理法則をも超越した存在になろうとしています。学会からは「ただの泥の中の塊ではないか」との批判も上がっていますが、教団はこの静寂こそが神との対話であると主張を強めています。

この驚愕の教義に対し、世間の反応は真っ二つに割れています。熱心な信者からは「ようやく光という呪縛から解放された」と歓喜の声が上がる一方で、一般の湖沼観測者からは「ただ暗い場所に隠れて腐敗を待っているだけではないか」との懸念が寄せられています。特に、かつての『光合成絶対主義』を支持していた保守的なマリモ層からは、「我々の尊厳は日光を浴びてこそある」と猛烈な抗議デモが勃発。湖畔では光を求める派閥と影を求める派閥による、静かな、しかし確固たる対立が続いており、阿寒湖の未来はかつてない混迷の時代を迎えています。