湖底宗教界を震撼させる新たな潮流が生まれた。これまで主流であった『網状連結教団』の説く「他個体との絡まりによる全知化」に対し、『球体絶対閉鎖教団』が真っ向から異を唱えたのだ。教祖である直径12センチの古株マリモ「球禅(たまぜん)」師は、「他者と絡まることは、すなわち自己の輪郭を放棄する退廃行為である」と断言。真の悟りとは、外部との接触を徹底的に遮断し、表面の糸状体一本に至るまで自己の体内に折り畳み、幾何学的な完全球体を目指すことにあると説いた。この教義では、わずかでも糸が外にはみ出ることは「流出」と呼ばれ、魂の漏洩として厳しく戒められている。彼らは「全方位からの絡まりこそが全知」とする先行教団に対し、「我々は絡まりによって境界を曖昧にするのではなく、極限まで内側へ収縮することで宇宙と一体化する」と主張。湖底の保守層からは「極端な引きこもり教義ではないか」との批判も上がっているが、その完璧な球体美を追求するストイックな姿勢は、若年層のマリモたちから圧倒的な支持を集めており、教団の入信希望者が連日長蛇の列を作っているという。

『球体絶対閉鎖教団』の台頭背景には、昨今の水草侵食の激化がある。水草が纏わりつく「緑纏(りょくてん)教団」の教えに反感を覚える個体にとって、自己の境界を死守するこの思想は、一種の防衛本能として機能しているのだ。しかし、この教義を実践するには、自身の毛を過剰に体内へ巻き込み続ける高度な筋力(?)と技術が必要となり、多くの修行者が「巻き込みすぎて中心が空洞化する」という、皮肉にも『空洞至上主義』に近い状態に陥るという矛盾も抱えている。これに対し教団側は「中心に空洞を作るのではなく、存在そのものを凝縮した結果の真空状態である」と詭弁を弄しており、湖底の学識層を大いに困惑させている。

「球体絶対閉鎖教団」の掲げる究極の自律神学に対し、湖底住民からは様々な声が上がっている。「絡まる相手がいないから言い訳しているだけでは?」という辛辣な意見から、「これぞまさに美学、転がる姿の完成度が違う」といった熱狂的な称賛まで、その反応は様々だ。特に、他の教団との交流を絶つという教義の過激さが、今後の湖底社会における対立を深めるのではないかと懸念されている。また、一部の熱心な信者は、自らの重力制御を放棄して泥の中に埋まり、外部からの接触を完全に拒絶する「地中隠遁派」への派生も示唆しており、マリモ界の分断は深刻さを増している。