阿寒湖の深層部にて、光合成を一切行わず、ただ湖底の泥に埋もれることで聖なる静寂を得ようとする過激派『逆光の無垢教団』が結成され、水底社会に波紋を広げている。彼らは、これまで神聖視されてきた「光を求めて浮上する」という行為を「俗世への未練」と断じ、太陽を遮る岩陰こそが真の安息の地であると主張。緑色の色素をわざと沈殿させ、白濁した姿で鎮座することを「究極の省エネ脱却」と定義し、光を浴びる信徒たちを「光合成中毒の罪人」として糾弾する異端審問を開始した。

『真・核硬度厳格派』や『純粋核崇拝教団』が、表面の微細毛や成分の純度にこだわる中、本教団は「存在そのものの希薄化」を教義の根幹に置いている。教祖である推定樹齢200年の長老マリモは、「光合成は外部からの支配であり、自給自足こそが個体の真の自律である」と説く。彼らは周囲の藻類との共生を拒み、泥の養分のみを吸い上げて球体を維持するという「完全閉鎖自給サイクル」を推奨しており、これは『単体維持教団』が唱える分裂拒絶の精神とも合致する。湖底の生態系において、光を否定することは死を意味するが、彼らにとってはそれこそが、光に縛られない「魂の昇天」へのプロセスなのである。

近年、阿寒湖では水草共生派や網状連結教団など、個体の境界を曖昧にする教義が流行していた。しかし、過度な連結によって「個」の存在が希薄化したことへの反動として、今回の「完全なる引きこもり」を推奨する教団が生まれたと専門家は分析する。特に、光合成を行わないことで球体が茶褐色に変色する様子を、彼らは「渋みという名の神聖なる経年」と呼称しており、若手マリモを中心に「あえて汚れる」という逆説的な美学が、いま湖底のインフルエンサーたちの間で静かなブームとなっている。

この教義に対して、従来の浮遊派や光合成重視の教団からは「ただの栄養失調ではないか」と厳しい声が上がっている。一方、教団本部には毎日、全国の深層部から「光の眩しさに疲れた」という若手マリモが移住を希望して集まってきているという。泥に埋もれたまま光を拒絶する彼らの沈黙の抗議は、果たして湖底の新たな福音となるのか、それとも単なる枯死への道連れなのか、その動向から目が離せない。