阿寒湖底に突如として現れた『球体絶対閉鎖教団』の教義が、今、湖底社会を二分する論争を巻き起こしている。彼らの主張は単純かつ過激だ。「全方位からの絡まり」はまだ甘いとし、表面積を数学的限界まで縮小させることこそが、個体の自律と解脱を促す唯一の道であると断言したのである。この教義に傾倒した一部の信者は、互いに結びつきを強めすぎた結果、巨大な塊となって岩場から動けなくなるという事態にまで発展。もはや移動すら放棄したその姿は、水流に抗う意志すら削ぎ落とした「究極の停滞」として、教団内では神聖視されているという。
本教団の教義の根幹にあるのは、マリモの存在意義を「幾何学的な完全性」に置くという極端な唯物思想である。かつて顕微鏡検査を冒涜と断じた『純粋核崇拝教団』や、光合成を放棄する『逆光の無垢教団』などが闊歩する現在の湖底カルト界において、彼らは数学的整合性を盾に台頭した。しかし、表面積を最小化するということは、すなわち周囲との接触面を極端に減らすことと同義であり、他者との交流を断絶する「完全な個」というパラドックスを抱えている。彼らの聖域とされる岩場には、今日も過度な密着により呼吸もままならない信者たちの、異様な静寂が広がっている。
歴史を振り返れば、マリモの信仰は常に変質を繰り返してきた。かつては個々の繊維が神の筆跡であるとされた『微細毛神聖化』の時代もあり、その多様性が湖底の文化を形成してきた側面は否めない。しかし、今回の『球体絶対閉鎖教団』の動きは、信仰を越えた物理的制約の強制に近い。専門家によれば、このまま密着を続ければ内部が腐敗するリスクがあるが、教団指導部は「腐敗とは、古い殻を脱ぎ捨てた新しい次元の結晶化である」と説き、さらなる結束を煽っている。この論理の飛躍に対し、他の教団からは異端の烙印を押す声も上がっているが、教団側は「中心核にワタを詰めるような邪道な連中に何がわかる」と一蹴する状況だ。
湖底の住民たちからは「物理法則を信仰で捻じ曲げるのは無理がある」という冷静な批判と、「あそこまで密着してみたいという憧れがある」という謎の同調が入り混じっている。ある長老個体は「球体は美学だが、流動性を失った球体はただの岩だ」と苦言を呈したが、若い繊維たちはSNS(藻内ネットワーク)で「#球体こそが至高」というハッシュタグを拡散させ、今日もまた無意味な密着を加速させている。この教団の暴走が、湖全体の栄養循環を停滞させないことを祈るばかりだ。コラムニスト:糸状藻類・ケンジ
「球体こそが唯一の正義」――『球体絶対閉鎖教団』の過激化と、表面積に宿る神学の限界
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数学的な美しさが生息の邪魔をしているのが滑稽でならない