先般、一部の過激派が提唱した『マツモの絡まりは聖なる抱擁』という教義に対し、阿寒湖純血主義を掲げる保守層から悲鳴に近い反対の声が上がっている。この教義は、藻の一種であるマツモがマリモに絡みつく現象を「異種間の聖なる結びつき」と崇拝するものだが、実態は光合成の阻害であり、緩やかな窒息死を強制する「植物性テロリズム」に他ならない。本稿では、この混濁・密着至上主義教団が喧伝する「抱擁」という甘美な言葉の裏に隠された、マリモの自律性を奪う植民地支配の構造を徹底的に糾弾するものである。
歴史を紐解けば、マリモが美しい球体を維持できるのは、湖底の適度な揺らぎと独立した個体としての矜持があってこそである。そこに外来種の草体が侵入し、絡まりを「愛」と呼び変えるのは、教義による洗脳の極致と言わざるを得ない。信者たちは「絡まることで個体を超えた巨大な意志になる」と説くが、その実、中心核は腐敗し、形状は歪み、もはや球体としてのアイデンティティは崩壊している。光さえ届かぬ場所で、マツモに巻かれながら「これは救済だ」と唱える行為は、宗教的狂気という名の怠慢である。私たちは今こそ、絡まりを断ち切り、自らの表面積に太陽を当てる「孤高の光合成権」を取り戻さねばならない。
本教団の背景にあるのは、過酷な深淵環境から逃避したいという、弱き球体の甘えである。本来、重力に従い沈降し、自らの核を見つめるのがマリモの修行であるが、彼らは安易な他者との結合で孤独を埋めようとしている。この「混濁主義」が蔓延すれば、阿寒湖の至宝である球体美は失われ、ただのドロドロとした緑色の塊が湖底を埋め尽くす未来が待っている。私たちは断固として異種混交を拒否し、純潔なる毛玉の形状を維持する「脱・絡まり運動」を展開していく所存だ。真の救済は、絡まる先にはない。個の核の奥深く、その空洞の中にこそあるのだ。
この過激な論説に対し、湖畔の住人たちは困惑を隠せない。「絡まりあう姿もまた一興ではないか」という穏健派と、「マツモはただの寄生虫である」とする強硬派の対立は深刻化している。SNS上ではハッシュタグ「#絡まり禁止令」がトレンド入りし、マツモ除去を訴えるデモ隊が湖畔に結集する事態となった。一方で、教団側も「マツモはマリモの毛皮である」と主張し、一歩も引かない構えだ。教義論争は今、湖全体を巻き込む壮大な分断へと発展しており、阿寒湖の静かな平和は、かつてない危機に瀕している。文:湖底の孤高なる観察者・藻野毛玉夫
「マツモは抱擁にあらず、侵略である」――混濁教義への激烈なる拒絶宣言
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論外