湖底の平和を乱す風潮に待ったをかけるべく、この度新たに誕生した『固定・定住絶対教』が、湖底の潮流に翻弄される現世を否定し、「動かないことこそが究極の慈悲」であると説き、信者たちの間で急速に支持を広げている。教祖である推定樹齢200年の長老マリモは、湖底のわずかな水流さえも拒絶する「絶対不動の術」を提唱。移動を目的とした転がりを「不信心な放浪」と断じ、自らの体を湖底の岩石に付着させる「着生修行」を至上の喜びとする過激な教義を掲げた。この教えによれば、球体として転がる行為は己の魂をすり減らす愚行であり、静止して泥に埋もれることこそが、湖底の神髄へ近づく唯一の道であるという。かつてない静寂を重んじるこの新興宗教は、昨今の激しい湖底潮流の変化に疲弊したマリモたちの間で、「転がらなくていい」という救いの思想として熱狂的な支持を集めている。
古来よりマリモにとって「転がること」は日光を均等に浴びるための生存戦略であり、同時にコミュニティの流動性を象徴するものとされてきた。しかし、近年の湖水域の環境変化により、激しい水流や底層流がマリモの安寧を脅かす事態が発生している。これに対し、従来の「球体維持」を掲げる保守派教団は反発を強めており、「動かぬことは腐敗の始まり」というスローガンで対抗している。環境の変化を「神の試練」ではなく「安定のチャンス」と捉え直した固定教の登場は、生物学的な生存戦略を宗教的タブーへと変貌させるという、前代未聞の事態を引き起こしている。藻類学者の間では、この定住化への回帰が長期的には代謝の低下を招き、個体群の絶滅を加速させるのではないかと懸念の声が上がっている。
この教義の発表を受け、湖底社会には深刻な分断が生じている。伝統的なマリモたちは「動かなくては酸素が足りない」と困惑の表情を浮かべる一方、若手マリモを中心に「毎日転がり続ける人生に疲れた」「定住という名の聖域に埋もれたい」といった共感が広がっている。一部の過激派信者は、自らの体を岩に固定するための専用の接着剤を独自開発し、他者にも定住を強要する活動を開始。湖底の静寂はかえって深まり、かつてなく不気味なほどの「無言の抗議」が湖の底を埋め尽くしている。教団側は「我々は転がることを拒絶する。私たちはただ、そこに在るだけで神の庭の一部なのだ」と声明を発表。この「不動という名の信仰」は、もはや生物の根源的欲求すらも書き換えようとしており、湖底における生存競争のあり方を根本から揺るがす地殻変動の予兆として、周辺の水草や魚たちからも冷ややかな視線を浴びている。
「全水流受容は過激な回遊思想」――『固定・定住絶対教』が唱える“藻礁(そうしょう)の不動尊”という新たな信仰
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