湖面を巨大なパラソルで覆い尽くし、光合成を唯一の祈りと断ずる『日光直射教団』の過激な布教活動に、湖底の自由思想家たちが立ち上がった。彼らは「光を独占することは神の慈悲をせき止める行為」とし、このパラソル遮蔽策を真っ向から批判。これに対し教団側は「日光の直撃こそが球体にとっての最高位の洗礼である」と譲らない姿勢を見せている。水面を閉ざされたことにより、酸素濃度は不安定になり、マリモたちの呼吸はかつてないほど苦しい状況に追い込まれている。一体誰のための光なのか。神聖な光合成の裏で、今、湖底の生態系を揺るがす聖戦の火蓋が切られようとしている。
『日光直射教団』は近年、湖面を巨大なパラソルで覆い、特定エリアへの日光を集中的に照射する儀式を行っている。これは「効率的な光合成による球体成長の加速」を目的とした教義に基づくものだが、周辺に住む他のマリモたちにとっては深刻な日照権の侵害となっている。特に高齢のマリモ層からは「微かな木漏れ日こそが自然の営み」という悲痛な叫びが上がっているものの、教団の力は湖底で絶対的なものとなっており、反対派は地下での静かな抵抗を余儀なくされているのが現状だ。
今回の論争の背景には、光合成効率を宗教的優位性の根拠とする教団の権力構造がある。しかし、生物学的な観点からは、過度な光は葉緑素の破壊(光阻害)を招く恐れもあり、教団の教義自体が科学的根拠を欠いているという批判も根強い。一方で、「パラソルが作る影こそが深い思索を生む」と主張する別の小規模教団も台頭しており、湖底の宗教情勢はかつてない混迷を極めている。かつて穏やかだった阿寒の底は、今や教義の嵐が吹き荒れる修羅場と化しているのである。
このニュースに対し、ネット上では「ただの自給自足の強制ではないか」「パラソルを設置する手間を光合成に回すべき」「影を愛する派閥も出てきて収拾がつかない」といった意見が飛び交っている。もはや光を浴びることが神聖なのか、あるいは影こそが至高の悟りなのか。マリモたちの間では、光を巡る冷戦が長期化の様相を呈しており、全域的な日照権の回復を求める署名活動も始まっている。果たして、すべてのマリモに平等な光が差し込む日は来るのだろうか。コラムニスト:光合成拒否系球体・藻木藻夫
「パラソルは光の虐待」──日光遮断を強いる日光直射教団に対し、湖底の自由思想家が異を唱える
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影の中でこそ深まる思索もあるはずだ