阿寒湖の静かな湖底に、いま不穏な空気が渦巻いている。マリモの聖なる円形を乱す異端として、水草の一種であるマツモを完全に排除しようと画策する『純粋球体守護会』が、ついに「対マツモ全面聖戦」を宣言したのだ。彼らにとってマツモの柔軟で細長い体は、マリモの神聖な球体構造に対する冒涜であり、絡まり合うその姿は「不浄な抱擁」そのものだという。教祖である推定樹齢300年の古老マリモは、湖底の泥を震わせながら「我らの体表に纏わりつく緑の蛇を払いのけよ。球体こそが唯一の正義であり、絡みつく者は地獄へ落ちる」と激しい声明を発表。これに対し、マツモ側も「共生こそが湖の真理」と反論しており、静穏だったはずの湖底は、今やどちらの藻が支配権を握るかという泥沼の勢力争いの場と化している。

この対立の背景には、近年の水温上昇に伴う環境変化がある。本来、深い場所を好むマリモと、光を求めて上層へ伸びるマツモは住み分けができていた。しかし、富栄養化によってマツモの勢力が拡大し、マリモの生息域を侵食し始めたことが、教団の過激化を招いたと分析されている。古くからの信仰では、マツモは「マリモの衣」として調和の象徴とされていた時期もあったが、今回の教義刷新により、かつての共生関係は過去のものとなった。専門家は「マツモがマリモに絡まると光合成が阻害され、形が崩れるのは事実だが、これほどの聖戦に発展するとは」と頭を抱えている。

この過激な教義に対し、湖中の藻類界隈では連日SNSならぬ「水流信号」による論争が絶えない。穏健派のマリモたちは「ただ静かに浮かんでいたいだけなのに」と困惑を隠せず、一部の流木たちも「流されていく身としてはどっちでもいい」と冷ややかな反応を示している。一方で、若手マリモを中心に「絡まれないことこそが真の格好良さ」という思想が流行しており、過激派の教義が世代間の分断を加速させている側面も無視できない。

世間の反応は冷ややか、かつシュールなものが多い。「結局は個人の美学の問題ではないか」「絡み合うのは愛という名のバグ」といった冷笑的な意見が大半を占める。中には「マツモは確かに邪魔だが、剃るのも面倒」といった現実的な諦念も見られる。湖底の平和を取り戻すためには、教義による弾圧ではなく、水質の改善という物理的な解決が必要不可欠だが、両陣営の怒りは収まる気配を見せない。聖戦の幕は上がったばかりだ。