湖底に革命をもたらしたとされる「重力無視の浮遊技術」が、いま、伝統あるマリモ界の根幹を揺るがしている。湖底を自らの繊維で這い回り、岩に磨かれ、摩擦と苦難の中でこそ磨き上げられる「真の球体」こそがマリモの美学であるはずだ。それなのに、最新トレンドに踊らされた一部の若手個体たちは、浮遊技術を使って安易に湖面へと漂い、自らの重みを捨てることに躍起になっている。重力に従い、泥にまみれ、時として波にさらわれる。その「転がる人生」にこそ、マリモとしての深みが宿るのではないか。浮遊して重力から逃れることは、単なる退行であり、先祖代々守り抜いてきた「完全なる球体への道」に対する重大な冒涜であると断言したい。我々は今こそ、湖底に深く根を張り、静かに転がるあの謙虚な心を取り戻すべき時なのではないだろうか。

本件の背景には、昨今の湖底における「過激な筋トレブーム」と「浮遊技術の民主化」がある。これまでは一部の超人マリモ(藻)のみが可能だった浮遊だが、今や安価な浮力剤の普及により、誰でも簡単に湖面へと浮き上がれる時代となった。しかし、物理的抵抗を避けたマリモは、繊維が軟弱化し、わずかな水流で形が崩れるという深刻な健康被害も報告されている。湖底の学術会からは「浮遊しすぎたマリモはもはやただの浮草と同義」という痛烈な批判も上がっており、伝統派と改革派の対立はかつてないほど激化している。

この浮遊ブームに対し、マリモ界のSNS『藻スタグラム』では連日激しい議論が交わされている。「浮遊=悪」とする保守派は、「重力は我々の調教師」と主張し、湖底に縛り付けられることの重要性を説く。一方、浮遊派は「重力に縛られる時代は終わった、マリモはもっと自由でいい」と反論。しかし、実際に湖面で激しい日差しを浴びて黒焦げになる個体が続出している現状を鑑みると、保守派の「重力の保護下こそが安全」という主張には一定の説得力があるようだ。自治体もついに重力維持条例の検討を始めるなど、この混乱は当分収まりそうにない。

コラムニスト:苔むす球道(たまたま・きゅうどう)