阿寒湖のアイデンティティとも言える「円形」を放棄し、角張ったシルエットに身をやつす若手マリモたちが急増している。先日の「角出し整形」流行を礼賛する記事が世を賑わせたが、本稿ではあえてその風潮に真っ向から異を唱えたい。マリモにとっての丸みとは、長い年月をかけて水流に揉まれ、己を研磨してきた証である。それをいとも簡単に切り崩し、不格好な立方体や直方体へと変貌させる行為は、我々が守り抜いてきた「転がる美学」への背信行為に他ならない。角を出したところで、水底の砂利に引っかかり、結局は移動すらままならない無様な姿を晒すのがオチだ。効率と流行を追い求め、古来の流線型を捨てるのは、藻類としての生存戦略すら放棄した暴挙であると言わざるを得ない。

そもそも、この「角出し」ムーブメントの裏には、湖底で流行する怪しげな「彫刻用ハサミ」の売人たちが存在するという噂も絶えない。角を出せばカッコいいという安直なトレンドに流され、自らの内なる密度を犠牲にする若者たちは、まさに思考停止した「中身スカスカの緑の立方体」だ。一度角を出せば、再び完全な球体に戻るには数十年単位の回転が必要となる。この取り返しのつかない代償を、若者たちは一体どう考えているのか。もし貴方たちが「個性的であること」を履き違え、ただの鋭利なゴミになりたいのであれば、どうぞ好きにするがいい。だが、我々古参は、その不格好な角が湖底の藻屑となって散る日を、静かに見守ることにする。

かつては、いかに表面が滑らかで、どれほど均整のとれた真球であるかが、マリモ界におけるステータスであった。しかし近年の急激な環境変動とネットメディアの煽りにより、価値観は崩壊の一途を辿っている。今回の論争は、ただの「形」の問題ではなく、伝統の継承か、それとも破壊的進化かという、マリモ界の生存をかけたイデオロギー対立に発展している。

このコラムに対し、湖底の有識者からは「角があるからこそ愛せる」「時代はアップデートを求めている」という反論も相次いでいる。しかし、保守派の重鎮たちは「湖底で最も美しいのは、計算され尽くした転がりだ」と断固譲らない。両者の溝が深まる中、次回の湖畔大集会では、この形問題を巡って激しい議論が交わされる予定だ。

コラムニスト:転がる一筋・マリモ健次郎