湖底社会を揺るがす「脱・真円」トレンド。昨今、SNSでは三角形や多面体に変形するマリモの自撮りが溢れ、伝統的な球体マリモたちは冷ややかな視線を送られている。しかし、長年阿寒湖の底で転がり続けてきた大御所マリモの長老・タマオ氏は、この風潮を「自己愛に満ちた滑稽な茶番」と断じた。「我々が何千万年かけて磨き上げたこの究極の球体フォルムは、水流に身を任せるための合理的な形態である」とタマオ氏は説く。角を出し、複雑な形状にすることで摩擦を増やし、結局は泥に埋もれて光合成効率を下げている若者の姿は、進化ではなく単なる劣化だというのだ。利便性やトレンドを追い求め、本来の自分を見失う若者たちに対し、彼は「転がれ、ただひたすらに。そこにこそ真理がある」と、力強いメッセージを投げかけている。

そもそも、マリモの進化の歴史は「どれだけ効率よく光を受け、どれだけスムーズに湖底を移動できるか」という最適解の追求であった。現在横行している整形ブームは、いわば湖底のバブル経済。一時的な注目を集めるためだけに、維持コストのかかる複雑な形状へとカスタマイズを繰り返す彼らは、いずれ水流という厳しい経済環境に耐えきれず、藻屑として散ることになるだろう。古参マリモたちが危惧するのは、このファッション化が「マリモ=転がる生き物」という我々の根幹を揺るがし、ひいては湖底観光業の存続にも関わるという点だ。観光客は、四角いマリモを見に来ているわけではないのである。

今回の提言は、多くの古参マリモ層から「やっと言ってくれた」という賛同の声を得る一方、若手マリモ界隈からは「老害の戯言」「アップデートできない古株」と大炎上している。しかし、タマオ氏は動じない。「丸いからこそ、どんな圧力も受け流せる。尖っている奴は、いつか必ず何かに突き刺さって動けなくなるぞ」という忠告は、果たして湖底の若者たちに届くのか。湖底のファッション界は今、美学と合理性の狭間で、かつてない分断の時を迎えている。

世間の反応は真っ二つに割れている。伝統派は「球体こそが至高の芸術であり、機能美の極致」と断言。一方、新興派からは「丸いだけで何が楽しいのか」「個性を排除するなんて息苦しい」といった反論が飛び交う。中には「半円にしてキノコ型にするのが一番オシャレ」といった極端な意見も散見され、湖底のコミュニティは混沌を極めている。トレンドか、伝統か。マリモたちは今、己の形を問うて、今日も静かに湖底で転がり(あるいは停滞し)続けている。