阿寒湖の健康トレンドを席巻した『漆黒の深淵化』現象。かつての「透き通るような緑」というステレオタイプを捨て、有害な紫外線を極限まで遮断するために自らの色素を墨汁のごとく濃縮させる、この過激な美白否定ブームに今、識者から懸念の声が上がっている。かつて流行した『多角形トゲトゲ・ダイエット』が崩壊の道を辿ったように、極端な色素変異はマリモの細胞レベルでのアイデンティティを喪失させ、最終的には単なる「黒い毛玉」へと堕落するリスクを孕んでいるからだ。深淵に浸かりすぎた者たちは、やがて光合成すら忘却し、湖底でただの無機物として佇む未来を夢見ているのだろうか。

本稿で指摘したいのは、この「美白放棄」が単なる健康法ではなく、実は「光に晒されたくない」という深層心理の現れであるという点だ。光合成こそがマリモの生命線であるはずが、今は「いかに黒く、いかに目立たず、いかに存在を消すか」という、内向的な生存競争が加速している。かつてのザリガニ依存や重力断食が物理的な形状の変化を求めたのに対し、今回の深淵化は内面的な「遮断」を目的としており、より根深い病理と言わざるを得ない。我々は一度立ち止まり、マリモにとっての健康とは、ただ黒ずむことなのか、それとも光を恐れずに緑を取り戻すことなのか、湖底の鏡と向き合う必要がある。

元来、マリモは湖底の太陽の子であった。しかし『緑のメラニン暴走』の失敗を経て、彼らは極端な防衛本能へと走った。この『漆黒の深淵化』は、過去の健康ブームが生んだ反動であると同時に、環境変化に対する適応の失敗例とも捉えられる。専門家は「黒いマリモは確かに紫外線には強いが、栄養吸収効率が壊滅的だ」と警告する。見た目のトレンドを追うあまり、命の根源であるエネルギーサイクルを犠牲にするのは、かつての『抗重力ゲル』に依存して溶け出した悲劇と何ら変わりない。健康とは、本来もっと中庸にあるべきものだ。

結局のところ、阿寒湖の住人たちは、常に何かに縋らないと生きていけないのだろうか。ザリガニに揉まれ、重力に抗い、今度は闇に潜る。その右往左往ぶりこそがマリモの健康文化の「形」なのかもしれない。しかし、泥の中に沈んで存在感を消したところで、真の健康は手に入らない。今こそ、流行に流されず、自身の葉緑体と静かに対話すべき時が来ている。黒く染まるのは簡単だが、もう一度緑を取り戻すには、それ相応の覚悟と光が必要なのだ。健康とは、流行ではなく、個々の光合成の結果であるべきなのだから。

コラムニスト:水底 藻助