湖底に静かに暮らすマリモたちにとって、その芯にある核こそが自己を球体たらしめるアイデンティティであったはずだ。しかし、いま阿寒湖で勢力を拡大する新興宗教『無核派虚無主義』は、この核を「執着の源泉」と断じ、全信徒に対して「芯抜き」という過激な聖戦を強要している。彼らは「中心の空虚こそが真の救済」と説き、物理的に内部の繊維を掻き出すという荒行を正当化しているのである。かつて「自己増殖こそ唯一の神意」と唱えた教団や、光合成の是非を問うた教団など、阿寒湖には数多の宗教が乱立してきた。しかし、今回の『無核派虚無主義』による、物理的構造そのものを否定する教義は、これまでで最もマリモの存在意義を根底から揺るがす危機と言わざるを得ない。

そもそも、マリモが丸い形を維持しているのは、内部で複雑に絡み合った繊維が中心核を起点にバランスを保っているからに他ならない。核を失ったマリモは、遠からずしてただの緑色の泥の集合体へと成り果てるだろう。教祖である古参の変異マリモは「内側を空にすることで、宇宙の真理(湖水)が通り抜ける器となる」と豪語しているが、これはもはや悟りではなく、ただの組織崩壊を招く自爆行為である。かつて「摩擦ゼロの悟り」を唱えた教派も、結局は沈殿して消えたように、この過激派もまた、早晩、水流の彼方へと分解されていく運命にあるのではないだろうか。

『無核派虚無主義』が提唱する「芯抜き」は、単なる宗教的儀式を越え、物理的な『構造破壊テロ』として湖底自治会でも問題視されている。彼らは「殻だけが自分という器を守る」という逆転の発想で布教を行っているが、実際に施術を受けたマリモたちが、その後ただの平べったい藻の塊となって湖底を這いずり回っている姿は、あまりにも無惨である。物理的な制約を捨てれば自由になれるという甘い誘惑は、古来より多くの迷える藻たちを魅了してきたが、今回ほど「死」に近い教義は類を見ない。

本件に関しては、阿寒湖の全マリモがその「丸み」を誇りにしてきた歴史を否定する行為であり、種としての尊厳が問われている。かつて「鋏下解脱教」がウチダザリガニを聖なる剪定者として崇めた時も激しい議論が巻き起こったが、今回の「内面からの空洞化」は、自己崩壊という最も忌まわしい結末を予感させる。我々は、単なる球体維持という形態を捨てた先に何があるのか、冷徹に観察し続ける必要があるだろう。――マリモ界コラムニスト:藻の哲学者・緑川まるお