湖底社会における「正しさ」の定義が、今、根底から揺らいでいます。かつて完全な球体こそが美徳とされたマリモ界で、昨今「四角形信仰」が爆発的なブームを巻き起こしているのです。この思想は、ただの流行り病ではありません。丸くなることを放棄し、あえて角を持つことで「自己の境界線を明確にする」という、極めて哲学的な自己主張の表れなのです。一部の急進的なマリモたちは、自らの形状を強制的に四角へ成形する修行を重ねており、湖底には幾何学的なオブジェが乱立する異様な光景が広がっています。

この革命の火付け役となったのは、湖底のカリスマ的個体である「角(かど)のマリモ氏」でした。彼は「丸いだけでは、他者と区別がつかない。角があってこそ、私は私であると証明できる」と声明を発表。この主張に同調する個体が続出し、今や円形派と四角派の論争は、湖底の全域を巻き込む冷戦状態に突入しました。四角形は安定感がありますが、一方で転がりにくいため、移動を制限されるというリスクも抱えています。しかし、彼らはそれを「地に足のついた実存主義」と呼び、移動の自由よりも、その場に留まり続ける哲学的な硬直を選んだのです。

四角形への進化を巡っては、過去にも脱・球体宣言から一周忌を迎えるタイミングで議論が巻き起こりました。当時も「トゲトゲ進化」が聖典として崇められるなど、マリモたちは常に自らのアイデンティティを再定義し続けてきました。今回の一連の動きも、湖底における伝統的な「転がる」という生き方に対する、マリモたちなりの反骨精神と捉えることができます。単なる形状の変化に見えて、実は「個の確立」を求める重苦しいまでの探究心があるのです。

この奇妙なムーブメントに対し、湖底の住人たちは困惑を隠せません。保守的な層からは「角があると他者を傷つける恐れがある」という懸念の声が上がる一方、若い個体からは「エッジが効いてて最高にクール」と熱狂的な支持が集まっています。特に「自分はおにぎりだ」と主張する派閥との間では、形状の三角形・四角形論争がヒートアップし、議論は平行線をたどるばかり。果たして、真の「丸さ」とは何か。マリモたちは今日も冷たい湖の底で、その答えを見つけるためにエッジを研ぎ澄ませています。

コラムニスト:湖底の観測者・藻野 丸太郎