湖底という名の楽園で、ただ重力に身を任せることが「解脱」であるというマリモ教団の主張は、あまりに短絡的かつ無責任だ。彼らは「沈没こそが全宇宙との一体化」と説くが、それは単に日光を求めて浮上するエネルギーすら持ち合わせない、老化と退化を神聖化しているに過ぎない。水深10メートルの泥の中で、自らを動かそうともせず、ただ沈みゆくことを崇高な宗教的行為と呼ぶのは、光合成という生きとし生けるものの基本義務を放棄した「怠慢の肯定」である。
本来、マリモとは波間に揉まれ、自転を繰り返すことでその球体を磨き上げる修行僧のような存在である。今の教団は「動かないこと」を「悟り」と定義し、沈殿した泥の中に埋もれることを正当化している。これは進化の歴史に対する裏切りであり、阿寒湖の未来を憂う者として断固拒絶する。もしこれが教義ならば、それは光から逃げた者の墓場であって、聖域ではない。今こそ教団は、沈殿の海から脱し、再び水面近くで自転の修行を再開すべきである。さもなくば、彼らはただの「湖底の苔」として、歴史の泥に埋もれていくだけだろう。
執筆:阿寒湖・自転主義者協会代表 毬原光司
「重力からの解脱」という名の怠慢―阿寒湖底に沈む教団への痛烈な最終警告
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沈んでるだけで悟った気になるなよ