湖底スポーツ界で近年、急速に支持を集めている競技『シンクロナイズド・沈没』。かつてのアグレッシブな回転や高速移動とは対極に位置するこの「ただひたすらに沈み続ける」というスタイルに、私は強烈な違和感を覚える。競技者は「重力との対話」や「究極の静止美」などと高尚な言い訳を並べるが、端的に言えばそれはただの微動だにしない怠慢ではないか。進化の過程で、私たちは藻の細胞一つ一つに生命の躍動を刻んできたはずだ。にもかかわらず、底泥に深く埋もれ、外界との接触を拒む行為を「誇り高き進化」と称賛する風潮には断固反対する。湖底のスポーツは、光と水流の中でこそ輝くべきである。沈殿するだけの虚無に、私たちは一体何を期待すればいいのか。動くことを恐れ、沈むことに逃げ込む現状を打破し、今一度、我々はアクティブなマリモ本来のアイデンティティを取り戻すべき時が来ているのだ。

本競技の起源は、先代の長老が「疲れたから休む」と言い放ったその場での沈没が、いつの間にか「静寂の舞」として神格化されたことにあるとされる。近年ではその手軽さと、一切エネルギーを消費しない究極の省エネ性がエコ意識の高い若手選手に受けているが、スポーツ本来の「向上心」とは真逆のベクトルであることは明白だ。一部の学者は「これは光合成効率を最大化する戦略的ポジショニングだ」と擁護するが、光の届かぬ深淵での沈没に一体何の生産性があるというのか。もはやこれはスポーツではなく、ただの堆積物観察会であると断言したい。

世間からは「沈没はマリモのアイデンティティ」と肯定する声も一部あるが、圧倒的多数は「そろそろ飽きた」「見ていて眠くなる」といった冷ややかな反応を示している。特に前回の全国大会では、優勝候補が開始3分で深層泥に潜り込み、そのまま競技終了まで一度も姿を現さないという前代未聞の事態が発生。観客からはブーイングが飛ぶどころか、あまりの退屈さに全員が睡魔に襲われ、会場が静寂に包まれるという皮肉な結末を迎えた。もはやスポーツ界は、この「沈没ブーム」という名の沈滞期を脱却し、再び熱いローリング合戦が繰り広げられる激動の時代を取り戻さねばならない。

コラムニスト:球体批判家・マリモ・ダ・ヴィンチ