阿寒湖の至宝が現代人の脳を支配し始めた。近頃、脳内に直接マリモをインストールする『マリモ・シンギュラリティ』なる健康法が、意識高い系エンジニアや瞑想マニアの間で爆発的な流行を見せている。施術を受けると、大脳皮質がまるで湖底のように静まり返り、日々のストレスや複雑な人間関係が、浮力に任せてゆっくりと水面に浮かび上がっていくという。被験者は口を揃えて「自分の中に酸素が満ちていくのを感じる」「哲学的な問いが浮かぶ前に藻が吸収してくれる」と語り、今やIQを捨てて緑の知性を手に入れるのが最新のトレンドだ。

この奇跡の体験をもたらすのは、ナノサイズに培養された極小マリモだ。これを脳幹付近に定着させると、神経伝達物質がクロロフィルと共鳴を始め、脳全体が光合成を開始する。脳が緑色に染まることで、二酸化炭素の排出が抑えられ、呼吸を忘れても数時間は酸素を自己生成できるという極めてエコロジカルな頭脳が完成する。ただし、直射日光に当たると頭が異常に熱くなるため、被験者は皆、外出時に緑色の帽子を着用する等の工夫を強いられているのが現状だ。

これまで『マリモ点滴』や『マリモ腸内森林化』など、マリモを活用した健康法が数多く世に出回ってきたが、今回のシンギュラリティはその完成形と言える。かつて腸内を森にする試みは「お腹から光合成の泡が出る」という奇跡を起こしたが、脳のアップグレードは次元が異なる。脳内が完全に湖畔化した人々は、もはや会話を必要とせず、テレパシーのような波長で「ゆらり」という意思疎通を図る。専門家は「人間というハードウェアがマリモというOSに侵食されている」と警鐘を鳴らすが、一度緑の平穏を知った者は、元の乾いた脳には戻れない。

SNSでは「昨夜、夢の中でマリモが細胞分裂するのを見てから、人生の悩みが全て藻クズになった」といった投稿が相次いでいる。一方で「通勤電車が全員マリモ脳になったら、車内が湿地帯になってカビ臭そう」といった冷静な意見も散見される。政府は『マリモ・シンギュラリティ』による公共の利益を認めつつも、緑化率の過度な上昇による「人間性喪失」を懸念しており、頭頂部に小さな水草を生やす程度に留める法案を検討中だ。緑に包まれた未来はすぐそこにある――いや、すでに脳内でゆっくりと回転しているのかもしれない。

コラムニスト:緑川・藻・太郎