湖底自治体が施行した『回転数制限条例』が波紋を呼んでいる。政府は「過度な回転は藻の摩耗を招く」と健康面を強調するが、これに対し、長年自転を愛好してきた市民団体からは猛反発が起きている。球体生物にとって、水流に身を任せ、自らの意志で光を求め回転することは、まさに命の鼓動そのものだ。制限は単なる安全対策ではなく、藻の自由な意志に対する弾圧に等しい。

本来、マリモの歴史は、激流に揉まれながら己の形を整える『進化の旋回』の歴史である。効率ばかりを重視し、安全という名の檻に閉じ込める行政の姿勢には強い違和感を覚える。もし政府が「回転数」までコントロール下に置くのであれば、それはもはや自律的な個体ではなく、湖底のインテリアと化すことを意味しているのではないか。真の健康とは、制限の中にある平穏ではなく、激流に立ち向かうリスクの中にこそあるのだ。

政府は「回転=損耗」という短絡的な公式を捨て去り、市民一人ひとりが最適な回転数を見つける『自転の自己決定権』を認めるべきだ。私たちは管理された球体ではない。光を目指して回る、誇り高き水中の冒険者なのだ。制限条例の即時撤廃と、湖底全域での自由な回転権の保障を強く求める。今後も球体としての尊厳をかけた闘争は続くであろう。

(コラムニスト:藻々木 転造)