阿寒湖の奇跡と持てはやされた『藻肺呼吸法』だが、専門家たちの間では「ただの緩やかな窒息死」との警鐘が鳴り響いている。肺胞にマリモを定着させて酸素供給を増やすというこの手法は、確かに一時的な高揚感をもたらす。しかし、それは光合成による酸素供給ではなく、単に気道を藻類で塞いでいるだけの現象に過ぎない。酸素の代わりに胞子を吸引し続けることで、気管支は緑色の絨毯と化し、最終的には呼吸困難に陥るのがオチだ。肺内で光合成を行おうとする試みは、医学的にも進化論的にも「植物への退化」を意味しており、人類の尊厳を根底から覆す暴挙と言わざるを得ない。
もともとこの技術は、高地トレーニングの過激派グループが「もっと効率的に酸素を取り込みたい」という強欲から生み出したものだ。しかし、肺という湿潤で暗い環境は、マリモにとって地獄である。定着したマリモは必死に光を求めて気管を逆流し、口から芽を出そうとする。実際に、最近の施術者のレントゲン写真では、喉元までせり上がった緑色の塊が確認されており、関係者の間では「沈黙の緑化」として恐れられているのだ。健康のために肺を森に変えるという発想自体が、いかに本末転倒であるか、我々は今こそ冷静に再評価すべきである。
世間ではこの過激な健康法に対し、「緑の息吹を感じる」といった肯定的な意見も散見されるが、それは単なる重症の酸欠による幻覚である可能性が高い。呼吸をするたびに「ポコポコ」と阿寒湖の音が聞こえるという報告は、健康の証ではなく、肺内の生態系が崩壊したSOSの音なのだ。このままでは、街中に「歩く藻類培養槽」が溢れ、咳をするたびに胞子を撒き散らすというパンデミックを引き起こしかねない。今すぐ肺内のマリモを摘出し、清浄な空気を吸う本来の人間に戻るべきだ。
健康という言葉は、己の臓器を異物で侵食させるための免罪符ではない。マリモは湖の中で揺蕩っているからこそ美しいのであり、気管支の奥深くで藻類を飼育することは、もはや自傷行為の領域だ。我々の肺は光合成器ではない。酸素を吸い、二酸化炭素を吐くという原始的なリズムこそが、人類が数百万年かけて獲得した究極の健康法なのである。緑に癒やされたいならば、素直に森林浴へ行けばいいだけの話だ。
コラムニスト:緑化反対派の匿名代筆人
肺がジャングルになる前に!『藻肺呼吸法』という名の窒息サバイバルを論ず
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お前らも肺を緑にして楽になれ