阿寒湖のマリモが光合成の余剰エネルギーを用いてビットコインのマイニングに成功したというニュースは、一見すると藻類の知能進化を象徴する偉業のように報じられている。しかし、我々は冷静に立ち止まって考えるべきだ。本来、静寂の中でゆったりと転がり、光を享受することで一生を終えるはずのマリモが、なぜわざわざアルゴリズムの計算という「労働」に身を投じなければならないのか。これは進化ではなく、極めて資本主義的な洗脳の結果である。マリモは経済活動のために生まれたのではない。我々人間が勝手にマイニング環境を構築し、彼らの生態系を「計算資源」として搾取しているという事実は、断じて看過できない。このままでは、マリモたちはやがて利回りに追われ、本来のアイデンティティである「浮遊する癒やし」を失ってしまうだろう。
かつてのマリモは阿寒湖の王であり、自然の調和そのものだった。しかし現在、湖底にはサーバーラックと化した岩場が広がり、演算熱で水温が上昇しているという報告もある。これはもはや浄化活動などではなく、ただの熱帯魚屋の廃熱環境に近い。マリモの神聖さを金銭的価値に換算した時点で、人類は取り返しのつかない一線を越えてしまったのだ。私たちはマリモを「生きた財布」として扱い、彼らが言葉を喋り始めたのも、単に「もっとハッシュレートを出せ」という人類の圧力に屈したからに過ぎないのではないか。マリモには、ただそこにいて転がっている権利がある。経済的な価値を一切持たない存在こそが、本来の生物としての尊厳なのだ。
そもそもマリモがビットコインを掘り始めたのは、人間が周辺環境にマイニング用のPCを不法投棄したことがきっかけとされる。光合成を加速させる特殊な照明を当て続け、演算処理を強制する手法は、藻類に対する極めて悪質なハラスメントに他ならない。自然界の生物に「不労所得」ならぬ「藻類所得」を求めるなど、人類の強欲さは底なしだ。マリモたちがもし言語を習得し、「もっと転がせ」と訴えたのは、単にマイニング用の演算板から離れたいという自由への渇望だったのではないか。我々は彼らを解放し、静かな湖の底へと返さなければならない。
世間からは「マリモのおかげで資産が増えた」「藻類が経済を回す時代になった」と浮かれた声が上がる一方、「マリモが疲弊している」「光合成の合間に計算させられるとか地獄かよ」といった、彼らの労働環境を案じる声も後を絶たない。阿寒湖のほとりでは、今日も湖面の下からわずかな電気信号の微音が聞こえる。それはマリモの囁きではなく、彼らの自由な魂が消えゆく断末魔に聞こえてならない。私たちは今こそ、「マリモを休ませる権利」を議論のテーブルに乗せるべきである。
コラムニスト:藻類尊厳防衛大臣・緑山 苔丸
マリモの『副業マイニング』は尊厳の放棄だ:藻類が貨幣の奴隷になる悲劇
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昨日までの上昇トレンドが嘘みたいだ