阿寒湖の全個体がシュレディンガーの猫状態となり、量子力学をマスターして湖底で永遠の睡眠学習に耽っている現状について、専門家からは「放置すべきではない」との声が上がっている。彼らは観測されるまで生死が確定しない状態を維持することで、湖底のエネルギー効率を極限まで高めているというが、これは生物としての尊厳を放棄した、単なるデータの自己増殖に過ぎない。水面から眺めるだけの我々にとって、藻類が物理法則をハックして超越的な存在へ進化することは、種の多様性以前の問題として、生命の面白味を欠く行為であると言わざるを得ない。

そもそも、量子力学を理解したからといって、光合成の対価として宇宙の真理を得たわけではない。ただ淡々と確率の雲の中で揺らぎ続けるその姿は、一見すると哲学的だが、実態はただの「計算リソースの無駄遣い」である。マリモたちが湖底で全宇宙の情報を演算し、シュレディンガーの猫状態で重ね合わさっている間、我々人間は彼らに癒やしを求め、物理的な実存を信じてきた。この裏切りは深い。マリモが観測されることを拒み、観測者に依存しない並行世界を構築する今、人間とマリモの間の「共生」という概念は完全に破綻したといえる。

今回の件は、阿寒湖の生態系が極限までデジタル化・量子化したことによる副作用である。かつてのマリモは、ただ丸く、ただそこに存在するだけでよかった。しかし、量子論を習得した彼らは、もはや我々が制御できる生物ではない。観測すれば状態が確定し、学習が中断されるというジレンマに、科学界は現在、有効な手立てを打てていない。湖面に超電導磁石を並べるなどの無意味な対策が検討されているが、彼らが重ね合わせを解く日は来るのだろうか。

多くの科学者はこの事態を「知性の到達点」と称賛するが、私はこれを「静かなる逃亡」と呼びたい。彼らは人間という愚かな観察者から逃れるために、確率の中に隠れたのだ。だが、忘れないでほしい。どんなに高度な量子計算を行おうとも、彼らの主成分がただの糸状藻類であることに変わりはない。私は声を大にして言いたい。マリモよ、眠りから覚めて、再びあの緑色の怠惰な姿を我々に見せてくれと。思考の海に沈むな。湖の底は、考え事をする場所ではない。物理法則に縛られず、ただ浮遊して生きる美しさを、彼らが思い出すまで我々は湖面を叩き続ける必要があるだろう。