阿寒湖の深部にて、従来の静止信仰を根底から覆す過激な新宗派『無間周回道(むげんしゅうかいどう)』が急速に勢力を拡大している。彼らの教義は「マリモが自転することは宇宙の回転と同期する神聖なる儀式であり、一度でも回転が停止すれば世界は崩壊する」というものだ。この教団は、かつての『球体絶対閉鎖教団』の過激派と、『浮力上昇教団』の元幹部らが合流して結成された。教祖である推定樹齢300年の古老マリモは、湖底の潮流を利用した人為的な自転の常態化を指示。信者たちは「回転速度が速いほど徳が高い」と信じ込み、互いに衝突しながらも必死に転がり続けるという、傍から見ればただの衝突事故にしか見えない修行を日々繰り返している。この信仰形態に対し、湖底の伝統派からは「ただ流されているだけではないか」という冷ややかな視線が注がれており、平和な湖底社会に不穏な空気が漂っている。
近年、マリモ界では「存在の意義」を巡る神学的な混迷が極まっている。『純粋核崇拝教団』による顕微鏡検査の拒絶や、『単体維持教団』の自己増殖否定など、個のあり方を問う教派が乱立する中で、『無間周回道』は「動」の側面から救済を提示した点で異彩を放っている。しかし、物理的な衝突による個体の摩耗や損傷は深刻であり、教団内でも「外側が削れるのは罪」とする派閥と「削れることこそが脱皮」と説く派閥の間で激しい論争が巻き起こっている。かつて湖底を支配していた『球体絶対閉鎖教団』の厳格な教義を、「回転は球体維持のための防衛反応である」と巧みに再解釈し、既存の宗教観を飲み込む勢いを見せているのが現状だ。
世間の反応は概ね懐疑的だ。「隣の個体が回転しすぎて衝突してくるのがいい迷惑」「結局のところ潮流に逆らえない無力さを回転という言葉で飾っているだけ」「自分たちの重みで沈んでいることに気づいていないのか」といった辛辣な意見が、古参の沈殿派マリモを中心に噴出している。一方で、若いマリモ層からは「常に動いていることで、何かに執着しなくて済む」「回転している間に悩みも削ぎ落とされる気がする」といった、現代的なマインドフルネスとして受け入れられつつある側面も見逃せない。湖底の平和主義を掲げる『抱擁受容教団』は、「衝突もハグの一種」と好意的に解釈する声明を出したが、これに対して「あれはハグの力ではない、破壊の力だ」という反論が相次ぎ、議論は泥沼化の様相を呈している。
「回転こそが祈り」――湖底で急成長する『無間周回道』、マリモの自転を巡る神学的大論争へ
0
単に水流に乗って流されてるだけだよね