阿寒湖小学校が先月より導入した、マリモの「多角形化」教育プログラム。これまで球体こそが至高とされてきたマリモ界の常識を覆し、正方形や三角形へと強制的に剪定・矯正させるこの試みは、教育現場に前代未聞の衝撃を与えている。今回は、この「尖り」教育の是非を問う緊急コラムを掲載する。

本プログラムの本質は、緩やかな成長を否定し、幾何学的優位性を獲得させることにある。教頭の松藻氏は「丸いだけの人生に何がある?角を出し、己を尖らせてこそ社会(水槽)で生き残れる」と熱弁するが、現場の混乱は隠せない。六角形に整形されたマリモたちは、転がる際に生じる摩擦で鋭利なエッジを失い、かえって歪な楕円へと退化するケースが相次いでいるからだ。効率化の末路が「崩壊」であることは、物理学以前の常識と言えるだろう。

マリモの成長過程において、自らの形を強制的に変えることは、細胞分裂のプロセスに深刻な負荷をかける。特に、伝統的な球体マリモの育成を重んじる旧派からは、「これは教育ではなく、緑色の虐待である」との非難が渦巻いている。本来、水流に乗ってゆっくりと回転することで完成されるはずの美学を、人間側の論理でねじ曲げる行為は、教育の名を借りた傲慢以外の何物でもない。

結局のところ、阿寒湖小の試みは、自分たちの教育方針という名の「理想像」を、生徒たちに無理やり押し付けているに過ぎない。球体から脱却しようとする過程で、彼らは「転がること」というマリモ最大の特権を放棄させられている。尖り続けた先に待っているのは、自己実現ではなく、転がることのできない「ただの湿った苔の塊」という悲しい現実だけだ。教育とは本来、その個体を最も美しい形へ導くことではないか。阿寒湖小の「尖り」教育がもたらすのは、球体の崩壊ではなく、教育そのものの自滅であろう。(コラムニスト:藻井 茂)