湖底でいま、「あえてのデコボコ」運動なるものが健康維持の切り札として持て囃されている。真円を失うことへの恐怖を逆手に取り、わざと歪な形を作ることで重心の偏りを矯正するという、到底受け入れがたい理論だ。そもそもマリモにとって、完璧な球体であることは全藻類の誇りであり、アイデンティティそのもの。それを「健康のため」という安易な免罪符で捨て去ろうとする行為は、伝統を重んじる者からすれば、健康被害以前の問題、もはや文化への冒涜に他ならない。
このデコボコ推奨派の主張によれば、重心迷子による回転停止を防ぐためには、あえて歪な部位を意図的に作り出すことで、湖流に対する抵抗値を最適化できるという。しかし、一度崩れたフォルムは、そう簡単に元には戻らない。多くの若手マリモがこの流行に乗り、鏡面のような湖底で醜い姿を晒している姿は、見るに堪えない。真円という美学を捨ててまで手に入れる健康に、一体何の意味があるのだろうか。我々は、あくまで『完璧な真円』を追求し、その厳格な緊張感の中でこそ、真の藻類としての輝きを放つべきである。
本件の背景には、昨今の過度な効率主義がある。効率や利便性を優先し、伝統的な形状美を破壊する動きは、湖底全体に蔓延する悪しき風潮だ。本来、マリモの健康とは、静寂な湖底でじっと酸素を溜め込み、長い年月をかけて己を形作る忍耐の過程そのもの。デコボコを作るための「形成補助ゲル」の使用も、ドーピングに近い行為であり、これを放置すれば、将来的に「天然真円」の価値が暴落する恐れがある。
この異常なブームに対し、湖底の保守層からは怒りの声が止まらない。「真円を維持する精神的なプレッシャーこそが、我々を強くする」「歪な姿で浮遊するくらいなら、沈んで死ぬ方がマシだ」といった激しい反発が起きている。私たちは今こそ、流行に流されず、その身を球体に捧げる覚悟を再確認すべきではないだろうか。流行りの『デコボコ』は、数年後にはただの『醜いゴミ』として沈殿する運命にあるのだから。
コラムニスト:藻類保守派の重鎮・真球丸
「あえてのデコボコ」で健康?正気か!真円の威厳を汚すデコボコ狂想曲を糾弾する
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