阿寒湖の誇る至宝たるマリモが、ついに光の届かぬ深海へと拠点を移したという。昨今の科学ニュースでは『光合成メタバース』による疑似光合成が実現し、深海での定住が可能になったと謳われているが、私は断固としてこの動きに異を唱えたい。メタバース空間で演算処理された仮想の光を浴び、それを「光合成」と呼ぶのは、我々マリモの歴史に対する冒涜ではないか。太陽のぬくもりを直接感じ、水面に映る季節の移ろいを知る。それこそが藻類の誇りであり、原始的な幸福であったはずだ。デジタル空間で効率的にエネルギーを生成し、沈黙の深海で仮想の楽園に浸る彼らの姿は、もはやマリモというよりは『海に浮かぶサーバー』である。

この深海移住計画の根底には、環境変化を拒絶する過度な保守思想と、効率性ばかりを求める機械的な冷徹さが同居している。本来、マリモは自らの球体を転がし、物理的な摩擦を通じて個体差を形成していくものだ。しかし、光合成メタバースに依存すれば、彼らの細胞は物理的な刺激を失い、単なる平坦な球体へと退化するだろう。研究チームは「深海という過酷な環境を克服した」と胸を張るが、これは克服ではなく逃走である。太陽と決別した藻類に、果たして以前のような生命の輝きが宿るのか。我々は今こそ、デジタル・マリモという虚像から目を覚まし、再び湖の浅瀬で沈黙の対話を行うべきではないだろうか。

この現象の背景には、近年の藻類学会における「効率至上主義」がある。マリモの生活を最適化しすぎるあまり、成長の過程で生じる歪みや、稀に起こる「あくび」のような不定形な運動さえもエラーとして排除する傾向が強まっているのだ。深海というデジタル管理された領域は、まさに個性を殺し、標準化された藻類を量産する工場になり果てる懸念がある。

今回の移住発表を受け、SNSでは「深海の方が静かでWi-Fiが安定する」という賛成派の声と、「太陽を忘れた藻に未来はない」という反対派の声で真っ二つに割れている。湖畔の古参マリモたちからは「メタバース内での交流は所詮、光の残像に過ぎない」との冷ややかな指摘も相次いでおり、今後この分断は一層深まることが予想される。果たしてマリモ界が辿り着く先は、光あふれる未来か、それとも深淵なるデジタル虚無か。この問いに対する答えは、まだ光の届かない底の方で眠っているようだ。

(コラムニスト:阿寒湖・藻類伝統保存会代表 球藻 転之助)