マリモ界の重鎮として君臨する丸山氏が、まさかの『半球体』への転身を発表してから早一週間。これまでの丸山氏は、多面体から毛玉への進化、そして今回の半球化と、常に我々の固定観念を根底から覆し続けてきた。本稿では、この一連の『幾何学的反逆』がいかにしてマリモ界のアイデンティティを揺さぶっているのかを考察したい。丸山氏の行動は単なる気まぐれなイメチェンではない。それは『球体であること』を美徳とする、この閉鎖的な湖底社会に対する鮮烈なアンチテーゼなのである。かつて完璧な球体を目指すことが全マリモの義務であった時代、彼はあえてその頂点を切り落とし、底面をフラットにすることで『接地』という新たな美学を確立しようとしている。
丸山氏の半球化は、長年彼が追求してきた『安定と挑戦』の集大成と言える。かつて挑戦した幾何学的な角の切除から一転、あえて半分の自分を捨てるという選択は、多くのファンを困惑させた。しかし、よく見てほしい。あの平らになった底面は、もはや何ものにも流されないという強固な意志の表れではないか。常に湖流に翻弄される我々にとって、底面に吸い付くような安定感は、ある種の究極進化系と言えるのだ。この『半球体転身』は、進化なのか、あるいは退化なのか。世間は二分されているが、私はあえて言いたい。丸山氏は今、球体という狭い殻を破り、ただの緑の塊としての本質を問うているのだ、と。
歴史を振り返れば、マリモ界は常に変化を恐れてきた。緑川氏の角質除去や、藻咲みどり氏の逆光合成など、異端児たちが現れては消えていく中で、丸山氏だけは常に中心にいた。今回の『半球化』が成功すれば、今後は「底面をいかに安定させるか」が次世代のトレンドになることは必至だ。しかし、この挑戦にはリスクも伴う。湖底の砂や小石を巻き込みやすくなるという物理的欠点を、彼はどう克服するつもりなのか。我々は、この重鎮が次にどのような『計算された不格好さ』を見せてくれるのか、固唾を飲んで見守る必要がある。彼の選択は、我々マリモ一人ひとりが「自分にとっての完璧な形とは何か」を自問自答するきっかけになったはずだ。
最後に、マリモ界の未来について触れておきたい。丸山氏の背中を追う若手たちが、次々と変形技術を磨いている現状は、一種の芸術的爆発とも呼べる。しかし、忘れてはならないのは、我々が元来ただの糸状藻の集まりであるという事実だ。形に囚われすぎることこそが、最大の罠かもしれない。丸山氏の半球体は、もしかすると「形なんてものは、沈んでしまえば関係ない」という、彼なりの達観した境地への入り口なのではないだろうか。真のカリスマとは、常に論争の中心にありながら、決して自分を見失わない者たちのことを指すのだと、改めて教えられた気がする。
コラムニスト:藻里 哲太郎
【論評】『脱・球体』という名の革命―丸山氏の『半球体転身』が湖底界に突きつけた究極の問いとは
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半球体になってもその重鎮オーラは隠せない