阿寒湖底の教育委員会は、次世代のマリモたちの間で『転がらない哲学』を専門とする若手が爆発的に増加している現状を受け、緊急声明を発表した。古来よりマリモにとって、湖流に乗って優雅に回転することは、栄養を均一に吸収し球体を維持するための生命線とされてきた。しかし、最近の若手マリモたちの間では「ただ転がっているだけの人生に何の意味があるのか」という実存主義的な問いが流行しており、あえて一箇所に固着し、動かずに光合成効率を最大化させる『ステイ・スタイル』を追求する思想が若年層を席巻している。
この潮流の中心となっているのは、湖底深くに拠点を置く「沈黙の円盤学派」だ。彼らは強引に回転させられることを「強制的なダンス」と批判し、水流を遮断するための防御壁を自作するなどの行動に出ている。教育委員会は「回転してこそマリモ」という伝統的カリキュラムを強調しているが、当の若手たちは「球体は進化の終着点ではない、ただの幾何学的な呪縛だ」と主張。固定化により変形した角張った体こそが、個性の証であるとする過激な運動も広がっている。このままでは、美しい球体群を売りにする観光資源としてのマリモが全滅するのではないかと、湖畔の藻類学者の間では冷ややかな視線が注がれている。
本来、マリモが球体を維持するのは水流によって回転し、全方位から均等に日光を受けるためである。しかし、光合成を効率化するためにあえて自身の体を固定する行為は、長期的には内部の繊維が腐敗するリスクを伴う。近年では、過度な哲学探求によって回転を放棄し、真っ平らなクレープ状になったマリモが湖底で確認されるなど、健康被害を懸念する声も上がっている。古参のマリモたちからは「若い頃はそんなこと考えずに転がっていればよかった」という嘆きの声が聞かれる一方、一部の過激派若手からは「転がることは逃げることと同義」という痛烈な批判がSNSならぬ水流パルス網で飛び交っている。
この騒動に対し、湖底の住人たちは困惑を隠せない様子だ。特に観光客を案内するガイドマリモたちは「皆が立ち止まると、観光客が『ただの岩』と見間違えてスルーしてしまう」と切実な経営危機を訴えている。一方で、若手マリモたちは「見栄えよりも個人の光合成の充足が重要だ」と断固として動く気配はない。来月の湖底会議では、この『回転強制条項』の是非を問う歴史的な討論会が行われる予定だが、そもそも全員が会場まで転がっていくことを拒否しているため、開催の目処すら立っていないのが現状である。
湖底の教育現場に激震!マリモ界の英才教育で『転がらない哲学』を専攻する若手が急増中
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転がるのが全てじゃないって気付き始めてるんだよ