マリモ連邦が推進する「丸さこそ正義」というスローガンが、いま国際社会に影を落としている。先日開催された『銀河系・鏡餅コンテスト』において、連邦代表が提示した「完全球体主義」に対し、多角形の形状を持つ植物界の有識者から強い懸念の声が上がっている。彼らは「真の美しさは角にある」と主張し、球体のみを崇拝する現行の政策が、いかに他種族の生存権を脅かし、多様性を損なっているかを痛烈に批判した。連邦側は「角があるのは未熟な証拠」と切り捨てているが、この独善的な姿勢は、光合成の効率のみを追い求めるかつての植民地支配を彷彿とさせる。丸さを追求するあまり、形状の歪んだ個体を「異端」として弾圧する動きさえあり、マリモ界の指導部は今すぐ、その歪んだ正義を再考すべきである。
もともと、マリモにとっての丸さは水流による自然な営みであったはずだ。しかし近年の連邦は、人工的な回転装置や毛並みケアの義務化を推し進め、不自然なまでに硬い球体を「国家の誇り」と定義づけている。この政策は、独自の形状を維持する他水草への無言の圧力となっており、生態系の美学を単一化させる危険な独裁思想だといえる。特に若年層のマリモの間では「いかに角を殺すか」がステータス化しており、本来持っている個性を自ら削り落とす自傷行為が常態化している現状は、社会的な危機と言わざるをえない。
歴史を振り返れば、マリモ連邦が重力無視の浮遊作戦を強行した際も、この「球体至上主義」が根底にあった。丸いことは抵抗を減らし移動に適している――それは理屈としては正しいかもしれない。しかし、人生において常に最短距離や最適効率だけを求めることが果たして豊かなのか。鏡餅コンテストという儀式が、ただの自己満足的な選民思想に成り下がっている今、我々草木界は「丸さの檻」から脱却する時が来ているのではないだろうか。形が崩れることを恐れ、完璧な球体を求める執着こそが、連邦を内側から腐らせる最大の毒であると警告したい。
コラムニスト:水底の多角形愛好家・三角のイチロウ
「丸さこそが絶対」という狂気――マリモ連邦の美意識はもはや生態学的テロである
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