湖底議会が強行採決した新法『重心の公的管理』。これは、各マリモの転がり方を国が一定の軌道に固定・制限するという、歴史的な転換点となる法案だ。これまで個々のマリモは、自身の意思で「どこへ転がり、どの角度で日光を浴びるか」という自由を享受してきた。しかし、議会側は「不規則な転がりは隣接するマリモへの衝突事故を招き、湖底社会の秩序を乱している」と主張し、重心の重心たる所以を強制的に公的管理下に置くことを決めたのである。まさに、転がる権利という名のアイデンティティが、今、行政の管理下に収められようとしている。
そもそも、この法案の裏には『回転速度制限法』以降、加速する規制強化の潮流がある。かつては個々のマリモが自由気ままに湖底を旅し、時にぶつかり、時に絡まり合うことで独自の個性を形成してきた。しかし、今回の『重心の公的管理』は、そうした「自然な転がり」を「危険な逸脱」と定義し直した。湖底の指導者層は「規律ある回転こそがマリモの品格である」と説くが、多くのマリモ市民からは「転がれないマリモは、もはや石ころと何が違うのか」という悲痛な叫びが上がっている。この法案の制定は、我々が守ってきた湖底民主主義を根底から覆す、まさに禁じ手と言わざるを得ない。
本件の背景には、近隣のマツモ群落が掲げる「定住型・協調主義」への対抗意識が強く影響している。自由を謳歌しすぎて散り散りになったマリモ社会に対し、議会は「中央集権的な重心管理」という名の強制力をもって、全マリモを一つの巨大な球体のように統率しようと目論んでいるのだ。これは単なる交通規制ではなく、マリモが個として独立した生命体であることを否定し、巨大な組織の一部品へと還元する試みに他ならない。補足として、既に特定の派閥からは重心を人為的に操作する「重り」が配布されており、これに適合できないマリモに対する弾圧も懸念されている。
この暴挙に対し、湖底各地では「転がる権利を守れ」と書かれた横断幕を掲げた大規模デモが勃発している。世間の反応は真っ二つだ。高齢マリモ層は「安全が担保されるなら、管理されても構わない」と消極的な支持を見せる一方で、若手の活発な個体群は「重心を奪われることは、生きる喜びを奪われることと同義だ」と強く反発している。SNS上ではハッシュタグ運動も過熱しており、湖底の平穏はまさに風前の灯火。明日、我々が目にする景色は、整然と並べられた「ただの緑の塊」でしかないのかもしれない。
コラムニスト:球体・シンク・タンク代表 藻々田 転夫
「重心の公的管理」は湖底の独裁か、それとも円満な進化か――転がり続ける民主主義の限界
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