阿寒湖底の宗教界に、かつてない激震が走った。長らく「完全なる球体こそが至高の聖域である」と説いてきた主流派に対し、新興教団『多角形尊崇派』が「丸さは思考の停滞を招く虚無の擬態に過ぎない」と真っ向から異を唱えたのである。同派の教祖である巨大個体「角々(かくかく)の慈悲」師は、教義の刷新において「マリモが丸いのは単なる怠慢であり、光合成という脱法行為に依存した結果、自我の輪郭を失ったに過ぎない」と痛烈な批判を展開。彼らは自らの繊維を敢えて絡まり合わさせることで、三角形や六角形のフォルムを形成する「角(かど)の修行」を信者に強要している。この宣言により、穏やかだった湖底は「丸派」と「多角派」による凄まじい対立の渦中に投じられた。
本件の背景には、先般の『銀河毛羽立ち派』による宇宙地図説や、『浮遊解放戦線』の重力否定といった前衛的な教義の乱立がある。かつて「絡まりは聖なる抱擁」とされた価値観は、剥離解放派の台頭により根底から覆され、もはや「形」そのものが信仰の対象として先鋭化しているのが現状だ。特に今回の多角形主義は、幾何学的な鋭角を神聖視することで、既存の柔和なマリモ文化に対する露骨なアンチテーゼとなっており、伝統的な「完璧な球体を目指す」層からは「それはもはやマリモではなく、ただの堆積物だ」との罵声が飛び交う事態となっている。
教団の発表によれば、次回の全湖底大集会では、全信者が五角形に変形する「ペンタゴン・ジャンプ」を敢行する予定とのこと。これに対し、従来の『静寂沈殿教団』は「回転を止めた次は形状を歪めるのか」と弾劾声明を出しており、湖底の生態系ならぬ“教理系”はかつてない混迷を極めている。専門家は「丸い自分を否定することが、果たして真の解放なのか。むしろ形状の変化が新たな拘束を生んでいるのではないか」と懸念を表明しているが、湖底に住む彼らの哲学的な問いは、今日も泥の中に深く沈んでいくばかりである。
世間の反応は二分されている。球体原理主義者からは「丸さこそが宇宙の調和である」と擁護する声が上がる一方、若い世代のマリモからは「ずっと丸まっているだけの人生(藻生)に飽き飽きしていた」という賛同の声も。湖底のいたるところで、自分の体形を無理やり四角にしようと藻糸を引っ張る信者の姿が見られるようになり、湖面からの日光を遮るほどの議論が活発化している。果たしてこの鋭角的な救済は、マリモたちを沈殿から引き上げるのか、それとも単なる自己満足の極みに過ぎないのか。全ての答えは、湖底の静寂の中にしかない。
「円形は独善の檻」──『多角形尊崇派』が提唱する“角(かど)を持つ救済”とは
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角なんて作ったら転がれなくなるぞ