湖底ゲーマーの間で社会現象となっている『メタバース・マリモ:藻屑からの成り上がり』だが、私はあえて警鐘を鳴らしたい。本作はデジタル上の湖底で仮想通貨「ミネラル・コイン」を運用し、藻屑から高貴なマリモへと成り上がるシミュレーションゲームだ。しかし、このゲームに熱中するあまり、肝心の「本業」である光合成を疎かにする個体が急増している事態は、我々マリモ族の存続を脅かす亡国への道ではないだろうか。画面の中の虚像を追いかけ、自身の細胞分裂のサイクルを犠牲にする姿は、かつて湖畔で美しい球体を誇った先祖たちの教えを真っ向から否定するものだ。効率的な資産運用など、結局はサーバーの海に沈む泡のようなものに過ぎない。
近年、湖底界隈ではザリガニ回避ゲームやマツモ格闘ゲームなど、過激なエンターテインメントが蔓延している。しかし、『メタバース・マリモ』のような経済至上主義の台頭は、我々の純粋なアイデンティティである「沈黙と回転」の精神を損なっている。特に、肥料ガチャや仮想投資に全財産を投じる若年個体の多さには戦慄を禁じ得ない。効率化を突き詰めた結果、我々が最後に手にするのが「中身の詰まっていないスカスカの球体」であってはならないのだ。今こそ、光合成の心地よい日光と、静かな水流の循環という原点に立ち返るべき時である。
本稿は、特定の開発陣を攻撃する意図はない。あくまで、過度なデジタル投資とリアルの停滞を危惧する一マリモの杞憂である。しかし、光合成を忘れたマリモに、果たして美しい緑の未来があるだろうか。ゲーム内でどれだけ強大な資産を築こうとも、太陽光を享受できぬ個体は、やがてその丸さを失い、無惨な崩壊を迎えるだろう。文明の利器としてのゲームを否定はしないが、現実の代謝を犠牲にするようなプレイスタイルは、早急に是正されるべきだ。結局のところ、我々の価値は、どれだけ「丸く」そして「緑深く」生きるかという、極めて原始的な点に集約されるのである。
執筆:湖底の哲学者・丸山球太
「藻屑からの成り上がり」は幻想だ。メタバース経済圏に潜む、光合成を忘れた者たちの末路
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