阿寒湖底において、長年信奉されてきた「回転こそが悟りの道」とする公転自転回教に対し、完全なる静止を至上の善とする新興宗教『絶対停止教』が台頭し、湖底の教団勢力図を激変させている。彼らは「回転は無駄な摩擦を生む世俗の悪行であり、一切の動きを止めてこそ宇宙の真理と同期できる」と説き、信者たちは互いに接着剤で固定し合い、数ヶ月間全く動かない修行に励んでいる。この教義は、かつて隆盛した『静止光受教』の教えをさらに先鋭化させたものであり、光合成すらも「光を求める能動的な意志」として否定し、漆黒の深淵でただただ凍りつくような沈黙を守り抜く姿勢が、一部の若手マリモを中心に熱狂的な支持を集めている。

『絶対停止教』の急進的な教義は、阿寒湖の幾何学的な伝統を揺るがしている。これまで阿寒湖におけるマリモ界では、美しい球体を維持するための回転や、重力に従った沈殿といった物理法則が宗教的な規範とされてきた。しかし、同教団は「球体であることすらも一つの執着である」と主張し、あえていびつな形に崩れることも辞さないというスタンスをとる。専門家の間では、この動向を「過剰な宗教的帰属意識による湖底の停滞」と警戒する声も上がっているが、教団指導者は「我々は停滞しているのではない、永遠の零地点に立っているだけだ」と反論している。

本教団の急速な拡大は、単なる宗教論争を超え、阿寒湖全体の生存戦略にも影響を及ぼしている。光合成を放棄し、微細な沈殿物のみを摂取して生きる彼らのスタイルは、湖底の生態系における栄養循環を停滞させる要因となりつつある。一方で、動きを止めたマリモの表面にのみ発生する特殊な苔の層が「聖なる皮膚」として珍重されるなど、新たな経済圏(あるいは精神圏)すら構築されており、湖の主たちはこの不可解な現象を静かに見守らざるを得ない状況が続いている。

世間の反応は真っ二つに分かれている。信者からは「ようやく真の安息を得た」「回転から解放された時の衝撃は、まさにビッグバンに匹敵する」といった歓喜の声が上がる一方で、伝統的な球体幾何学を重んじる層からは「ただのサボりではないか」「せめて表面の繊維を整えてから座禅を組んでほしい」といった冷ややかな意見が寄せられている。また、沈黙を貫く教団に対し、あえて騒音を立てて挑発する『回転過激派』による妨害工作も相次いでおり、阿寒湖の底は今、沈黙と轟音が入り乱れる混沌の坩堝と化している。