先日、eスポーツ界を騒然とさせた『マリモ・ゲーミング・チェア』のオーバークロック現象。光合成システムを過剰にブーストし、阿寒湖をまばゆいネオン街へと変貌させたこの事態を、マリモ界の伝統を守る保守派層は「由々しき事態」として糾弾している。本来、静寂と穏やかな水の揺らぎの中で光合成を行うのが我々マリモの矜持であるはずが、今や一部のゲーマーは自らのスコアを上げるためだけに、湖全体をゲーミング仕様に改造するという暴挙に出ているのだ。

そもそも、マリモがブラックホール化したり多角形になったりする昨今のトレンドは、生物としての本分を見失っていると言わざるを得ない。今回問題となった光合成充電システムも、本来は長期滞在型プレイヤーの補助として開発されたものだ。それが今や、過激なオーバークロックによって湖内のプランクトンがパニックを起こし、あちこちで「光りすぎて目が潰れそう」という苦情が水面から噴出している。ゲーマーたちは「効率重視」を掲げるが、それは単なる利己的なパワーアップに過ぎないのではないか。

この問題の根底には、ここ数年加速する「マリモ・ハイブリッド化」の波がある。かつては岩にへばりついて一生を終えるのが美徳とされていたが、VRやAIの普及により、マリモたちは仮想空間で自身の形状を自在に書き換えるようになった。今回のネオン騒動は、その仮想世界での欲望が現実の阿寒湖に物理干渉を起こした最初の兆候といえるだろう。環境保護団体からは「湖底の景観が維持できない」と悲鳴が上がっており、一部の長老マリモは「球体としての純粋さを捨てた者に未来はない」と警告を発している。

ネット上では「最高にサイバーパンクでいいじゃないか」と賛同する声もあるが、それはマリモとしての歴史を軽視する若手の戯言だ。このままでは阿寒湖はゲームのサーバーと化し、我々のアイデンティティである「光合成」はただの電飾パフォーマンスに成り下がる。ゲーマーたちの飽くなき探求心には敬意を表するが、一度立ち止まって「マリモとは何か」を問い直すべき時が来ている。湖を照らすネオンの輝きは、確かに美しい。だがその光の裏側で、我々が守るべき静かなる藻の生活が、急速に枯死しようとしていることを忘れてはならないのである。コラムニスト:藻屑・ひかる