先週、世界中のブラウザから検索履歴が忽然と姿を消した。「マリモによる検索履歴の自動削除」は、ネット民のパニックをよそに、今や一つの静かなる文化現象として定着しつつある。これまでデジタルタトゥーに苦しんできた人々からは「人生の再スタートだ」という歓喜の声が上がる一方で、個人の足跡が藻類によって管理される現状に、哲学者たちは「人類は記憶を外部(マリモ)に委ねてしまったのか」と警鐘を鳴らしている。
かつて我々はサーバーの片隅に、消えない過去という名の泥沼を抱えていた。しかし今、マリモの緑の泡は、その泥沼を濾過し、淡い水草の香りに変えてしまったかのようだ。検索エンジンが「過去の自分」を検索不能にすることで、人間は現在という瞬間に強制的に没入させられている。これは単なるバグか、あるいは人類に対するマリモからの過激な禅の教えなのだろうか。利便性を追い求めた結果、我々はついに「忘れる権利」を藻類に委譲したのである。今後は、デジタル遺品すらもマリモによって光合成のエネルギーへと変換される日も遠くないかもしれない。(コラムニスト:水面 鏡)
黒歴史の浄化か、記憶の漂白か――マリモによる『履歴抹消』が突きつけるデジタル時代の忘却
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感謝しかないわ